少年は信じない。
爆弾と僕だけが残った。
あらためて僕は、歩きながら右手のそいつを眺めた。
ちゃちな作りで、今どきおもちゃだとしてもできがわるい。表面の部分にドクロマークがひとつ描かれている。それがかえって爆弾の説得力を損ねていた。そもそも地球破壊爆弾って、安易すぎやしないか。ドラえもんの秘密道具じゃあるまいし……。
「こんなの、馬鹿げてる」
東に見える川に爆弾を投げ込もうと、右手を振り上げた。しかし、「もし万が一」という言葉が警告音のように僕の脳内に響いて、あと一歩でできないでいた。
僕は河川敷を降りて、川沿いの土手に腰をおろした。大きくため息をひとつ。こんなことをまじめに考えているじぶんが、なんだか大馬鹿になった気もするが、笑い飛ばしてはしまえない落ち着かない気持ちだった。
「なあ、おまえはほんとに地球をこっぱみじんにできるのか?」
そうなんですよ。私、こう見えてとっても恐ろしいやつなんですよ。
ドクロに話しかけてみるものの、もちろんそうやって返事をするわけもなかった。ただ無言で、僕のことを見つめるだけだ。わかりきってはいたものの、言葉が口をついて出てしまった感じだ。ひょっとすると僕は、こいつ(というかヨオゼル)のペースに巻き込まれはじめているのではないか
また、ため息が漏れた。
もし、こいつがほんとだとして、僕は……。
ひねくれた笑みが浮かんだ。少しでもあのヨオゼルというどう見てもうさんくさい男の言い分をまじめに検討しようとしているじぶんがどうしようもなく滑稽に思えたからだ。
横に置いたカバンを拾い立ち上がる。お尻についた泥を軽く払う。
気分を一心。というわけにはいかないが、心の霧がほんの少しだけ薄まった気がした。
ウンと背伸びをして、河川敷をとぼとぼと歩く。信じているわけじゃないけど、爆弾はポケットにしまった。捨ててしまうのも、どこか忍びないからだ。
おかしな男にからまれた記念品。そう思うことにした。
その日の夜、僕は地球破壊爆弾を机の引き出しの奥に入れた。万が一、家族の誰かが開いても発見されないように、うんと奥にだ。
仕事の都合で父さんの帰りは遅いので、たいてい僕は母さんとふたりで食事をとる。食事中にテレビをつけることは禁止されているので、ダイニングは静寂に包まれている。
どうせ話すこともないのだから、もうあきらめてそんなルールなしにしてしまえばいいのに、両親はがんとして認めようとはしない。意地なのだろう。
教育によろしくないからだそうだが、僕にとって毎日学校に通うことのほうがよっぽど教育によろしくないのだが、毎日こうやって顔を突き合わせて食事を取る母さんですらまったく気づこうとはしない。
口を開けば成績のことばかり。母さんにとって、テストの点数さえよければ、僕は死んだってかまわないのだろう。
「ねえ、広春。最近、学校はどうなの?」
「どうってなにが?」
知らずと声音がとがってしまう。つっけんどんな態度を取ろうとしているわけではないのに、不思議とそうなってしまう。これでは、必要最低限の会話しかできないのも無理はないが、このときの僕はそれをじぶんの落ち度であると気づいていなかった。
「いや、だから、変わったこととかあった?」
「なにも。いつも通り」
いつも通り、いじめられている。美しきルーティンワーク。たまらない。
「そう」
会話はそこで途切れた。母さんも、僕が会話をつなごうという努力をいっさい放棄していることを見て取ったのだろう。諦めて、ピーマンの肉詰めに手を伸ばした。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの?」
立ち上がる僕の背中に、母さんが怪訝そうに尋ねる。
「うん。食欲ない」
返事も聞かず、僕は廊下に出て、階段を駆け上がった。
お皿に並んだピーマンの肉詰めは、半分以上手付かずのままだった。




