少年は訝しむ。
ヨオゼルと名乗った男は、どっからどう見ても日本人、というかアジア人に見えた。そんな横書きが似合うような面立ちでは決してない。「夜悪是流」(よおぜる)とか書くのだろうか。なんだか、田舎のヤンキーみたいだ。
「コホン。高見様。私の名前はアンドリュー・クイーン・ヨオゼルと申します。決して、すべての音に漢字をあてないように伏してお願いいたします」
「さっきから」
「はい? なんでございましょう?」
片目をつむり、茶目っ気たっぷりのようすで問いかける。わかっているのに、あえてしらばっくれているのが、丸わかりだ。
「なんで、僕の考えていることがわかるんですか?」
「ああ、そんな些末なことどうでもいいじゃないですか。それよりも――」
「よくない!」
じぶんでもびっくりするくらいに語気を荒げてしまった。内省することでしか精神の安息の場所を保てない生活を長らく送ってきた僕にとって、じぶんの心をのぞき込まれるのは耐え難いことだったのだろう。思わず、感情を
むき出しにしてしまった。
「これは失礼いたしました。お許しください、高見様。わたくしどもの文明では、もはやテレパシーは当たり前のことでございますので」
言ってることの意味はわからないが、とにかく謝ってはいるようだ。慌てたようすがそれを物語る。僕はヨオゼルと名乗った男に向けた敵意のまなざしをほんの少し緩めた。
「お怒りを鎮めてくださったようなので、お話を続けさせていただきます。貴方様は、さきほどなにを望まれましたでしょうか?」
「僕が、なにを望んだ?」
「はい、貴方様ははっきりと、あなたの口から望みを発せられました。まさか、覚えてらっしゃらないと?」
望み。そんな大それたことではない。僕はただ、こんなに理不尽な世界がいやになって。
「そう、毎日のように続くいじめ。貴方様はなにもわるいことなどしていないのに。ただ、目をつけられたという理由だけで」
そうだ。僕はわるくない。なにもしていない。ただ、ふつうに学校に通って、ふつうに勉強して、たしかにちょっとまじめすぎるところはあると思うけど、べつに誰にも迷惑をかけちゃいない
「筋の通らないはなしです。正しいのは、貴方のほう。なのに、彼らはじぶんたちの快楽のためだけに貴方様をいたぶる。そして、誰も貴方様を助けようとすらしない」
みんないじめられる僕を遠巻きに眺めるだけで、あろうことかそのようすを見てニヤニヤと笑みを浮かべる奴さえいる。
「そんな世界に、貴方様は心底絶望した。どうしようもないくらいうんざりした。そしてこう望んだ」
導かれるように僕は思わず、口を開く。
『こんな世界、亡くなればいい』
ヨオゼルの言葉は僕の心情を完璧になぞっていた。だからこそ、最後は当たり前のように彼の言葉とシンクロする僕がいた。それはじぶんの考えを正しいと保証しているかのように思えて、とても心地よいことだった。
「そんな貴方様の願いを叶えるため、私は参りました」
ヨオゼルはジャケットの内ポケットをガザコソとかき回し、丸いなにかを僕の足もとに転がした。その動作は、とても気軽だった。
コロコロと球体は転がり、僕の右足に当たり、止まった。
球体は野球ボールを少し小さくしたくらいの大きさだった。
思わず取り上げる。
「地球破壊爆弾」
「えっ」
「地・球・破・壊・爆・弾」
まったく変わらぬ声音で繰り返す。しかし、今度は聞き逃さないように、一音一音ていねいに発音していた。
「貴方様の望みをかなえて差し上げる、魔法のアイテムです」
嬉しそうに言う。感情と言葉が致命的に合っていない。
「どういうことだよ、それ」
バカバカしいと思い笑ったが、声音はなぜか震えていた。シンプルすぎるその名前が、かえってリアリティを強調しているように思えた。
「そのまんまの意味です。信管を抜くと、この世界は終わります。実にシンプルだ。シンプル・イズ・ベスト。うん、実に美しい」
こいつ、じぶんの言ってることの意味がわかっているのか?
だとすると、ただの狂人だ。
ふざけている。
しかし、僕の心情とは裏腹に今度は右手が震えだした。もちろん爆弾を握っているその手だ。
ヨオゼルの言葉には、えも言われぬ説得力が備わっていた。
「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ。子どもだと思って、あまり舐めてると――」
「舐めてなどおりませんね。高見様。私はただ、貴方様の無垢なる願いをただ真摯に叶えて差し上げたいと、そう願っただけなのでございます」
やけに感情たっぷりに語られる言葉。しかし、かえってそれは言葉の白々しさを強調するだけだった。
「それを使うも、使わぬも、貴方様しだいでございます。どの道、作動有効期間は一か月です。一か月経ちますと、信管を抜こうが、地面に叩きつけようが、なにも反応いたしません。その点、ご安心くださいませ」
「なにが、ご安心くださいませだよ! ふざけるなよ!」
ヨオゼルは僕の怒りが本気で理解できないようで、困ったような表情を浮かべたあと、申し訳なさそうなようすで言った。
「私は余計なことをしてしまったのかもしれませんね。高見様の怒りのわけはわかりませんが、とにかく、これで失礼させていただきます」
その言葉も語り終えぬ間に、ヨオゼルの身体はみるみる透明になり、やがて消えた。
姿が消えたあと、ヨオゼルの言葉が一度だけ脳裏に直接聞こえてきた。
「わたくしは、貴方様が願いを叶えられることを切に祈っております」
こんなのは、優しさじゃない。僕はただそう思った。




