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少年は紳士と出会う。

 もう死にたい。そう思うことが特別ではなくなったのは、いつからだろう。大好きなミステリー小説を読んでいるとき、テレビゲームをしているとき。


 そう、なにかに没頭しているときは大丈夫。だけど、疲れて本を閉じたとき、あまりに長時間テレビ画面に向き合いすぎて目がシパシパしはじめ、ゲームの電源を落としたとき、途端に頭をかすめる。死にたい。


 もう死にたい。学校が終わり、自宅への帰路についている途中、その言葉は僕の脳裏にもっともしつこくこびりつく。頭の中で反響する。


 ルーティンワークのごとく仕打ちがこの先も毎日、毎日続くのかと思うと、いったいじぶんが前世でなにかとんでもない悪事を働いて、その罰をいま受けているのではないかという、とりとめのない想像が膨らむ。


 小学生のときは、こんなことを思うことはなかった。中学校で、よその学区のやつらと一緒になったが、それがいけなかった。


 あいつらの中には、不良が多く、僕のような大人しい子どもはすぐに目をつけられた。


 それから三年間の日々は真っ暗だった。来る日も来る日も、上靴は隠され、机の中はぶちまけられて、背中には青いあざが残った。


 忘れようと、同級生の藤崎奈々子さんの顔を思い浮かべてみても、顔面に泥をぶちまけるかのように、彼女の笑顔がネガティブな感情で上塗りされていく。死にたい。なんのために生きてるの。情けない。辛い。


 藤崎さんは僕の机の前に、ゴミがぶちまけれているのを見てどんな顔をしたのだろう。少なくとも、笑ってはいなかったはずだ。


 だけど、そんなことはなんの励ましにもならない。藤崎さんに見られていたこと。羞恥心を覚えるほどの自尊心はとうの昔に失われたはずだったけど、それだけがいまだに耐えられない。恥ずかしい。


 いっそのこと、楽になろうか。そう何度思ったかわからない。しかし、それはあまりに不条理だとじぶんの心がささやく。なんの落ち度もないのに、暴力にさらされることが、そもそも理不尽極まりないのに、なんで僕が進んで死を選ばなくてはならないのか。どうせ僕が死んでも、すぐにあいつらは忘れて毎日をのほほんと生きていくことに違いないのに。


 ここで僕の考えは飛躍する。


 じゃあ、世界そのものが終わってしまえばいいのだ。なんでなにもわるくない僕だけが死なねばならないのか。あいつらも……あいつらも巻き添えになればいい。そうじゃないと、不公平だ。


 そうだあいつらも一緒に。みんな一緒に。


「亡くなってしまえばいいんだ」


「それは、それは、物騒なことですね」


 脳に直接語りかけるような声。人の心に土足でズカズカと踏み込まれたようで不快なのに、その声は妙に甲高くキーンと響く。


「ですが、おもしろい。本気なのですか」


 気づかずに足もとを見て歩いていたが、問いかけは前方から届いていたので、思わず顔を上げる。


 真っ黒なスーツ。そんなものをもちろん着たことのない僕にとって、男のセンスはわからないが、あまりに暗い。道行くサラリーマンはそんな格好していない気がする。むしろ、お葬式で着る喪服のような……。


「喪服? ああ、そうかもしれませんね。少しばかり、故人が多すぎる気がしないでもありませんが」


 下卑た笑みを浮かべる男。気の利いたジョークのつもりかもしれないが、ちっとも意味がわからない。それでも、男は満足そうに


「喪服、いいですね、喪服。うん、人類社会の最後を見取る男。葬送人。わるくない、わるくないですよ」


 とひとりで呟いている。


「あの」


 気味がわるいので、このまま無視して立ち去ろうとも思ったが、さっきから明らかにこちらの考えを見透かしている男のことが妙に気になり、思わず声をかけてしまった。


「うん? ああ、失礼。貴方様が言い得て妙なことをおっしゃるので、つい」


 咳払いをひとつして、男はジャケットの襟元を両手でひっぱり姿勢を正す。


「わたくし、高見吉春様の呼びかけを受けて、貴方様のもとに参った執事のヨオゼルと申します。以後、お見知りおきを」

 

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