三匹の用心棒
「「「「「「………………」」」」」」
周囲の沈黙が痛い。
ひょっとしてなにか外したのか俺?
フォローしようにも俺が使えるこっちの言葉の語彙は、ターザンやオレオレ詐欺よりも少ないし・・・。
「大丈夫ですか、マスター?」
そこへ救いの天使が崖の上から翼を広げて落ちてきた。
た、助かった……今ばかりはアンリがマジ女神様か、困った時の青狸並みに頼りに見える。
ザワザワ!!!
アンリの登場に周囲のざわめきが一気に大きくなり――そういえばレミも最初大げさに驚いていたけど、ひょっとして天使ってこの世界でもUMA並みに存在が珍しいんじゃなかろうか?――黒覆面の男たちが、2言3言言葉を交わすと同時に、一斉にその場から姿を消してしまった。
・・・なんだろうアレ?事故の助けでも呼びに行ったのかな?
と、そういえば――
「そっちは大丈夫なのか? 君がこっちに来てるってことは、レミが一人でいるんだろう?」
「あ、はい。残った小鬼はあの爆発で蜘蛛の子を散らすように逃げていったので。いちおう周囲を警戒して見て置きましたけど、大丈夫そうなのでレミちゃんには荷物の番をお願いして残ってもらいました」
ならとりあえず一安心か。
「それにしても」視線を足元へやったアンリはうきうきした口調で、「さすがはマスターですね。あの危機一髪の状況から逆転一発して、ゴブリンキングを仕留めるなんて!」
「いやいやいやいや」
誤解を正すために落ちたときの状況を説明した。
「なるほど」大きく頷いたアンリは顔をほころばせ、「ついに伝説の必殺技『暗黒流れ星!』を会得したということですね」
違ーーーうっ!!
「さすがはマスター、今後もこの調子でバッタバッタと敵を倒すと…」
いや、確実にその前に俺が死ぬ!!
と、微妙に噛み合ってない会話をしていたところへ、凛とした声が掛けられた。
「危ないところを助けていただきありがとうございます。感謝いたしますわ」
馬車――屋根つきの箱馬車というタイプだろう――の中でも一際高級そうなものの扉が開き、中から赤みがかった金髪のちょっと気の強そうな15~16歳ほどの少女が落ちてきた。
髪に合わせているのか旅装とは思えない朱色の豪奢なドレスを着た彼女は、周りの者と比べても、明らかに「使用人と雇用主のお嬢様」という強烈なオーラを放っていた。
メリハリの利いた顔立ちは美少女と言っても過言ではないが(このあたり、マサトは普段周りにいるアンリやレミが基準になっているので知らずハードルが天上知らずになっている)、好みによって若干評価が分かれるところだろう。
「わたくしはアーラ市の商人アウァールスの長女、クラヴィア・アウァールスと申します。お見知りおきを」
そういって優雅にスカートを摘んで礼をする彼女の姿――正確には、彼女の髪型――に二人の視線が釘付けになった。
「……ドリルだ」
「……ドリルですね」
「…すげーっ、まさか現物を生で見るとは」
「私も漫画にしか存在しない都市伝説かと思ってましたよっ」
縦巻きロールがそこにあった。
前と横にくるくる巻きのドリルが4つ装備され、とどめに一際大きなドリルが二つ、腰の辺りまで渦を巻いていた。
意味不明に盛り上がっている二人を、怪訝そうな目で見るクラヴィア。
◆◇◆◇
「……なるほど、魔王を斃す旅の途中というわけですの」
ガタゴトと揺れる車内の高級そうなソファーに差し向かいに座った形で、例によってアンリの適当な説明を聞いていたクラヴィアは深く納得した顔で頷いた。
「いや、旅の途中というか、俺たちの旅はまだまだ始まったばかりなんだけど…」
アンリも相槌を打つ。
「そうですね。私たちは登り始めたばかりですね…このどこまでも続く勇者坂を」
・・・・・・大丈夫か? 未完に終わらないか、この旅???
あの後、アンリを挟んでお互いに自己紹介をした俺だが、なぜか謎の襲撃者――あの黒づくめの忍者みたいなのがそうだったらしい――から助けた恩人扱いされ、大仰に感謝された。
で、レミを崖から下ろして紹介したり、壊れた馬車の応急修理をしたり、襲撃で怪我を負っていた護衛や使用人の治療を・・・まあこれはアンリの独擅場だったが行ったり、残念ながら助けられなかった死者を馬車に乗せて(死者を悼むというよりも、死体を放置して病気の原因になったり、肉食獣や魔物が食べて人間の味を占めるのを警戒する理由のほうが強い)近くの街――当初、俺たちが目的にしていた場所へと急ぎ、警備兵に事のあらましを伝え、死者の埋葬と怪我人の治療(毒が使われていたらしく、魔法で毒を抜いても後遺症や体力はすぐには治らないらしい)を頼み、本格的な馬車の修理と護衛の増強を行うなど、全員が2~3日目まぐるしく動き回っていた。
まあその間、俺らは目立たないようにとクラヴィアが手配してくれた高級宿屋の一室にカンヅメ状態になっていたのだが、UMAな天使や死んだことになっている隣村のエルフ、そして言葉も喋れず、なおかつ戦闘と強化の連続掛けの後遺症で、全身筋肉痛で身動きがとれなくなってる俺。三人揃っても三本の矢どころか何の役にも立たなかったろう。
◆◇◆◇
その高級宿屋の一室で、
「・・・くそーっ、部活はもとより大学との共同合宿で揉まれた時でも、ここまでひどい筋肉痛になったことないのに」
初日に比べ幾分かマシになってきたとはいえ、寝返りを打つのも一苦労な状態に思わず愚痴がこぼれる。
「部活? マスター部活されてたんですか?」
ソファーに座って寛いだ姿勢で香茶を飲んでいたアンリが、「おや?」と聞きとがめて訊いてきた。
別に彼女が悪いわけではないけれど、こっちが苦しんでいる時に(筋肉痛に利く治癒魔法はないとのことで民間の湿布薬を貼り付けているだけの治療となっている)、余裕かました顔でいられるとそこはかとなくムカついてくる。
「ああ、いちおう小学生のときからコレを――」仰向けになったまま竹刀を振る動作をしてみる。「……いててて」
「ああ、なるほど。――スイカ割りですね。確か岩とコアラとスイカを用意して、無事にスイカが割れるとなぜか意中の彼女がときめくという伝説の」
「どんな競技だ?!」
痛みも忘れて上半身を起こした途端、『ブチッ』という破滅の音がして、再び俺はベッドの上で悶絶するのだった。
慌てて痛み止めの薬湯を持ってきて飲ませてくれるレミの頭を撫でて――恥ずかしがって首まで真っ赤になっている様子にほっこり癒されて、ベッドに突っ伏したところ、不意に背後から悪寒を感じて振り返った。
なぜかアンリが憮然とした顔で腕まくりをしている。
「な…なにか用かな、アンリエットさん…?」
「いえ、筋肉痛が大変みたいですので、マッサージと整体でも施そうかと。あ、大丈夫ですよ、関節技の関係上、人体の骨格も経絡もバッチリですから」
にこやかな笑顔とともに、ワキワキと蠢く魔の手が迫ろうとしていた。
「い、いや、休んでたのと薬とでずいぶん楽になったので、そこまでしてもらうことはないよ、ははは」
「2、3日目が一番大変なんですよ。さあ、遠慮なさらず……痛いのは最初だけで、すぐに気持ちよくなりますから♪」
逃げようにも身体の自由がままならない!
「いやああ、やめてっ、ケダモノ!!」
「ふっふっふ、私の、神の手でもって、良い声で鳴かせてみせますよ♪」
その晩、部屋の隅でブルブル震えるレミを無視して、高級宿屋の一室にこの世のものとも思えない悲鳴と、全身の骨を砕くような不気味な音とが響き渡ったのだった。
◆◇◆◇
次の朝、準備が整ったということでクラヴィアが、執事らしい中年男性を伴って現れた。
ちなみに筋肉痛はアンリの悪魔のような治療が効いて嘘のように収まった。なぜかそのことに納得いかないが。
一人掛のソファーにクラヴィアが座り、背後に執事らしい男が控える。こちらはテーブルを挟んで長椅子に、アンリ・俺・レミという見ようによっては両手に花の状態で座った。
「まずは、この一両日わたくし個人のゴタゴタのせいでご挨拶が遅れたこと、またこのような場所へ足止めしたことを深く陳謝いたします」
「いえ、お気になさらず。そちらの事情も理解してますし、こうして快適な宿で骨休めができて逆に感謝いているくらいです」
アンリに通訳してもらうと、クラヴィアはあからさまにほっとした様子で、
「そういっていただけて何よりですわ。こちらの準備も整いましたので、そろそろ出立しようと思っているのですが――」
そこで彼女の目が獲物を狙うかのようにキラリと輝いた。
「今回の襲撃を重視して、この街の兵士20人と腕自慢のガイド10名を新たに雇用いたしましたが、正直申し上げて僻地へ左遷されてきた兵士や田舎の力自慢が何人集まっても、あの手のプロを相手にどこまで通じるか不安ですわ。それで、これは個人的なお願いなのですが、お三方にはアーラ市までの護衛をお願いしたいのです」
「護衛ですか・・・」
『勇者』という肩書きだけで、俺の実力を無視して持ち上げられるのは正直辟易するし、素人の俺が実際の荒事に巻き込まれてもどこまでできるのかわからないが、目の前で困っている少女が頭を下げて助けを求めているのを無視するのも寝覚めが悪い。
とは言え俺一人で勝手に決められることでもないので、断りを入れて仲間二人にも意向を聞いてみたところ。
レミは予想通り、
「勇者様にお任せします」
とのことで。アンリからは、
「悪い話ではないのではないでしょうか? 聞いたところアーラ市はかなり大きな交易都市のようですし、今後の目的や情報を集めるにも有利かと。それにクラヴィアさんのお世話になることで、こちらも足の確保や食料、宿の心配がいらない利点があります。正直、お金の節約のためにどこぞの暗黒太極拳の主人公のように、全国をテントで泊まり歩く生活はできれば遠慮したいので」
と今後のメリットを含めて肯定の返事があった。
「……ふむ。わかりました、どの程度お役に立てるかわかりませんが、護衛の件お引き受けします」
その言葉にクラヴィアの顔がパッと明るくなった。
大輪の薔薇がほころんだようなその風情に、心ならずも一瞬見とれてしまった。
「ありがとうございます、感謝いたしますわ! ギャリソン、早速契約書を用意してっ」
「はい、お嬢様」
と――。見えない位置で、俺の二の腕付近をなぜか抓むアンリ。
「(ヒソヒソ)痛てーな、何するんだよ!」
「(ヒソヒソ)みっともなく鼻の下を伸ばしているからです。ひょっとしてこの仕事を引き受けたのはクラヴィアさん目当てですか?」
「(ヒソヒソ)べ、別にそんなわけじゃ……普通に困ってたから助けようと思っただけで」
「(ヒソヒソ)どーだか。天使、エルフときてツンデレお嬢様ですか、どんだけストライクゾーンが広いんだか。まあ、別にありえない速度で見境無くフラグを立てるのは構いませんけど、いい加減な対応をとると世間の顰蹙を買って、登場するだけで「マ○ト死ね」とか連呼され、最終的にビッチに刺されて喝采浴びたりしますよ」
「(ヒソヒソ)なんだその、妙に生々しい話は?!」
「――お待たせしました、こちらが契約書になります。…?なんのお話ですの??」
「いえ、単なる世間話ですのでお気になさらず」
すかさず愛想笑いを浮かべ、アンリは渡された契約書の内容を一読し、「双方ともに対等な契約ですね」と頷き、内容を俺にもわかるように音読してくれた。
アーラ市までの旅程は3日(地球時間で6日)これに予備日を加えて5日とし、その間の仕事はクラヴィア個人の護衛のみ。
当初の旅程を超えた場合はその場で契約終了となり、当初の予定どうり報酬1,000Paneを支払う。もしくは双方の合意があれば契約期間を延長し、延長期間分は半日につき当初の報酬の日割り分を支払う(つまり報酬が2倍ということ)。旅の間の費用等は全てクラヴィアが賄う。また、その間俺たち3人の行動の自由は保障するが、万一の場合にはクラヴィアもしくはその代理人であるギャリソン(隣の執事)の指示に従うが、その他の者からの指示は強要しない。
内容としては、かなりこちらに自由度があり問題がないと言っても良いだろう。
ちなみに1,000Pの報酬については、中流家庭(この世界だと、女中や召使を雇える程度の家庭)なら半年は暮らせる金額とのこと。
「これで問題ないと思います」
「わかりました、では署名させていただきますわ」
サラサラとペンでクラヴィアが署名し、続いてアンリに教えてもらいながら俺、アンリ、レミの3人連名で署名した。
クラヴィアは満足そうに契約書を見て、
「これで契約は完了しました。・・・まあ個人の護衛を依頼する場合、本来であればそちらから保証金もしくはそれに類するものを渡していただくのですが、わたくしは命の恩人であるあなたがたを信用いたしますわ」
一瞬、なにか言いたげだったギャリソン氏へ渡した。
「保証金?」
「ええ」
なんでもこちらで個人契約を結ぶ場合は完全後払いで、なおかつ敷金礼金のような形で先に万一の補填分を雇用側が預かるとのこと。
まあ、確かに…どこの誰とも分からない相手に前金だけ渡して、トンズラされたら丸損だわな。
その説明を聞いていたアンリが、「そういうことでしたら」と言って思いついたように胸元から、例のドラゴンの魔石を取り出してテーブルの上に置いた。
「ちょうど大きな街で処分しようかと思ってましたし、これを保証金代わりに預けるということでどうでしょう?」
置かれた魔石の大きさにクラヴィアとギャリソン氏の二人が息を飲み、
「…し、失礼しますわ。確認させていただきます……」
震える手で魔石を手に取り、ためすがめす確認した後、傍らのギャリソン氏へ渡して見せた。
「そういえばゴブリンキングの魔石もありましたね」
「あ、お姉さま、それはあたしが取って置きました!」
元気良くレミが返事をして、鶏の卵ほどの地竜の魔石に比べやや黄色みかかった魔石を出して、同じくテーブルへ置いた。
それを見て、また軽くため息をつくクラヴィア。
ルーペを取り出し、魔石を鑑定していたギャリソン氏は、
「質は一級…おそらくドラゴン種の成竜のものでしょう。大きさ的にも50年に1度出るかどうかの希少品です」
太鼓判を押して、そっとテーブルへ戻した。
「――本当に規格外の方々ですわね。コレをオークションに出したら5,000万Pからのスタートになりますわ。ちなみにそちらのオークキングのものが5万Pというところでしょうか」
なんか凄いらしいが俺ら3人とも金額が大きすぎてピンと来ない。
と、一転してクラヴィアは食いつかんばかりに身を乗り出してきた。
「これの処分を考えていらっしゃるとのことですが、であれば我がアウァールス商会に優先的に売買をお願いできないでしょうかっ!?」
「いや……まあ、いいけど」
正直、売り捌くツテもないので、この申し出はお互いに渡りに船だった。
「ありがとうございます!! ギャリソン! すぐに追加の契約書を用意してっ」
「はいっ、お嬢様!!」
この急展開に、なんとなく取り残された感じで、冷えかけた香茶を飲む。
「どこの世界も、商人は世知がないなぁ……」
ぼんやりぼやいた。
またもや前回のタイトル予告と違ってしまいました(ノ_・。)
というか、た○ごっちという商品名はマズイんじゃ?と思い直したので、そのタイトルはお蔵入りの予定です(ヲイ
あと影たちのその後も書く暇がありませんでした。すみません(TT)
あとレミちゃんの存在が薄いので、そのうち大活躍してほしいところです。
ということで、次回予告『スライムの雨は主に平野に降る』(仮)です。