必殺技?! 暗黒流れ星!
地球…というか、文明社会につきものの騒音も大気汚染もない、清涼な草原の風に乗って天使の澄んだ歌声が響いていた。
「♪明日二人は血みどろで、風に、風に、風に~舞う~♪」
「やめんか、縁起でもないっ!!」
荒い息を吐きながら、頭上50cm程のところをレミと荷物を抱えたまま併翔しているアンリに向かって怒鳴る。
涼しい顔をしているような彼女だが、それ以上の高さや速度が出せないところを見ると、実はそうとう無理をしているのだろう。
最初にかけてもらった強化の魔法からもう15分ほど、そろそろ効果が切れる頃合だが、
「くそっ、連中まだ追いかけてきやがる」
てか、最初2~3匹だったのが10匹くらいまで数が増えているような……。
2mほどの雑草が伸び放題で視界の利かない草原と点在する森の間を抜けて、俺たちは必死に逃げていた。
追いかけてくるのは緑色の肌をした身長1.3mほどの人型妖魔で、俗に言う小鬼という連中である。
「そりゃあ森の中で、出会い頭に後先考えずに大声だして、そのうえ小鬼に向かって雉撃ちするとか、怒って当然だと思います。こればっかりは同情しますよ、てか、ばかなの?死ぬの?」
呆れたように言い返すアンリの正論に、元々の原因が自分なだけに思わず「うぐぐ…」と黙り込んだ。
思い返してみれば30分ほど前――。
歩きながら例によってレミに「山」や「雲」など簡単な単語を教わっていたのだが、妙にもじもじしている彼女の様子に気が付いたアンリが、
「あの、すみませんマスター」
「ん?」
「ちょっと…お花摘みに行ってきます。――あ、レミちゃんも一緒にどう?」
それを聞いてあからさまにほっとした顔でこくこく頷き、
「――すみません、勇者様」
と一言断りを入れ、アンリの後について行くレミ。
・・・ああ、そうか。そういうことか。
自分の気の利かなさにウンザリしたが、ちょうど頃合なので俺も彼女たちが向かったのとは逆方向の森のほうを指して、
「…んじゃ、俺もちょっと行ってくる」
「ああ、はい。お花摘みですね。いってらっしゃい~」
いや、男の場合は確か雉撃ちとか言うんでなかったかな?
「――で、森の中の藪で小用を足していたところ、藪の中からひょっこり小鬼が顔を出し、お互いにびっくりして大騒ぎになり、絶賛逃亡中、と」
あと、慌てて逃げて二人の方へ行ったら、変質者扱いされて小鬼よりも、よほど命の危険を感じたり。
「はい? なにかおっしゃいましたか?」
「…いや、世界は不条理だなぁ、と改めて思っていたところだ」
「ええ。まったくですねえ」
お互いにため息をついた。もちろん込められた意味は全然別のものだが。
ちなみに小鬼1匹あたりの平均サイズは1.3mほどで、体重は45kgほどと、ほぼ地球のチンパンジーの成獣並みで、魔物ヒエラルキー的には最底辺――とはいえ一応は妖魔なので、一応武器として棍棒とか打製石器とかをもっている(それい以外は基本フルフロントの裸族)。
俺の身長が185cmで体重が72kgなので、比較してみれば約1.5倍の体格差があり、1対1なら余裕っぽいのだが……。
「チンパンジーってあれで握力300kgに垂直跳び4mとか、あと牙はスチール缶を簡単に貫通するんですよね~。で、解析で見たところ、小鬼ってスペック的にはそれと変わらないみたいですね」
はい無理。
現在、肉体のリミッター解除をする強化の魔法をかけてもらっているので――ぶっちゃけ「火事場の馬鹿力」のこと――通常の2~3倍の力がでている筈なのだが、それで引き離せないということは、この状態でほぼ肉体性能で同程度ということなのだろう。
誰だ、ゴブリンを序盤のスライムの次あたりに出てくる雑魚敵に決めたのは?!
RPGでゴブリンなんて言ったら「ゴブリン? ボコボコにしてやんよ」――程度の認識だろーに、実物は無茶苦茶強いじゃないか!!
「それにしても、普通これだけ走ればいいかげんMAPが切り変わってリンクも外れるかと思ったんですけど、そんな様子もないですね~。ホント、クソゲー仕様ですねこの世界は」
隣でぶつぶつ言うアンリにぶら下がりながらも、レミは時たま牽制に詠唱銃――見た目、飾りのついたマスケット銃――を、小鬼に向かって撃っていた。
不安定な姿勢から、ということもあるのだろうが、覚束ない手つきからしてどうももともと慣れていないようで、弾…というか銃口から放たれるパチンコ弾大の火球は、どれも明後日の方角へと流れていった。
「この世界へ連れてきたお前がゲーム脳思考してどーする?! 俺たちがいるのは異世界だし、追いかけてくるあいつらも現実の脅威だろう!?」
怒鳴りつけるとアンリは満足そうにうんうん頷いた。
「そう…そうな風にマスターに現実を理解してほしくて、わざとあんなことを言ったんですよ」(・ω<) てへぺろ
「嘘つけっっ」
◆◇◆◇
――闇の中、怪しげな男達の合言葉が行き交った。
「……回虫」
「……真田虫」
昼なお薄暗い森の中、周囲に溶け込むような暗緑色の装備を身にまとい、同色の頭巾とマスクで完全に人相を隠した怪しげな6人の男たち。ただしその動きは明らかに訓練されたプロのものだった。
斥候にでていた男が平坦な声で報告する。
「予定通り3台の馬車に分乗している。先頭は護衛兼使用人のものだろう、正確な人数は不明だが、御者を含めて5人程度と思われる。獲物は2台目の馬車に乗っている。途中で顔を出したのを確認しているので間違いない。3台目は商品を積んだ幌馬車だ」
男達の中で一番年嵩と思われる男が、気負いのない声で問いかけた。
「ふむ。護衛は何人だ?」
「前の宿場で確認したまま変更はない、4人ずつ前後に分かれて8人、それとおそらく馬車の中に3人の11人だ。魔術師はいない」
「そうか、では計画通り、この先の崖のところで襲撃することにする。所定の場所に来たところで崖に仕掛けた詠意爆弾を爆破――逃げ道を塞いだところで、混乱に乗じて3人ずつ前後に分かれて毒矢を射掛ける。以後は各自の判断で護衛等を始末し、獲物を攫う――間違っても大怪我など負わせんように注意しろ」
その言葉に一斉に首肯する男たち。
「では、散れ――」
次の瞬間、かすかな葉ずれを残して、男達の姿が再び森の中へと消えていった。
◆◇◆◇
当たりこそしなかったもののレミの牽制が功を奏したのか、お返しとばかり小鬼たちは若干距離を置いて、太い木の枝や手ごろな石を拾って投石してくるようになった。
コントロールこそなっちゃいないが、数が多いのでたまに掠るそれらを躱したり、逃げていた途中で拾った1mほどの木の棒で叩き落したりしながらも、さらにジリ貧になってきた状況に、一縷の望みをかけてアンリへ尋ねた。
「攻撃魔法とかで、こいつら倒すとかできないのか?」
「私がこちらで使えるのって、基本マスターの補助や治癒の力なので、直接的な攻撃手段はありません」
まあ肉体言語は別ですけど、この人数だとちょっと厳しいですね、と付け加えられる。
・・・だよなあ。最初から攻撃魔法とかあるなら出し惜しみするわけ…いや、しそうだけど…多分、ないと思うし。
「あとはマスターに死ぬ気で特攻していただいて、例の秘められた――邪気眼だか呪われた左腕だか知りませんけど――厨二病的な能力の発動に期待するしかないですね!」
嬉しそうに無垢な笑顔――例えるなら蛙の尻に爆竹を詰めていままさに火をつけようとしている小学生のような――を浮かべたアンリは、続けてレミにもなにか耳打ちした。
「♪♪♪!!!」
不安そうな顔から一転、たちまち期待にこもったキラキラ輝く目で俺を見るレミ。
ちょっとマテっ。
あるかどうかわかりもしない能力をあてにされても俺にはなにもできんぞ?!
と――。
反論しようとしたところでいきなり森が開け、薄暗かった視界が不意に開けて、目の前に・・・断崖絶壁へと続く広大な峡谷が広がっていた。
足元を見ればほとんど垂直の壁が40~50mあり、目を凝らせば底の方に明らかに人の往来と轍の跡が残る街道があるが、こんな場所、アメリカの蜘蛛男か宮○駿作品の登場人物でもなければ無事に落ちることなどできないだろう。
「どうする、右へ行くか左へ行くか?!」
慌てて左右を見渡したところ、いつの間にか追いついていた小鬼たちがどちらの退路にも回り込んでいた。
「――くっ、やるしかないか!」
レミの詠唱銃を警戒する程度の知能はあるのだろう。一定の距離を保ったままジリジリと迫ってくる連中相手に打って出ることを決め、手にした棒を構えた。
「そうです、マスターっ。いまこそ覚醒の時です! 覚醒してあなたの真の力を見せて下さい!! ――マスターの、ちょっと良いとこ見てみたい♪ イッキイッキイッキイッキイッキ・・・・・」
いつの間にか地に足をつけていたアンリとレミの二人が、にこやかに手拍子をとって俺を死地に送ろうとしていた。
「やかましいやい! それよか危なくなったら牽制でも目潰しでもいいから援護頼むぞ」
♪まだまだイケ~る、まだまだイケ~る、まだまだイケ~るぞ~
5秒で倒すぞ~ 5・4・3・2・イ~チ――と、続けている二人に念を押す。
「俺が瀕死の状態になっても"ここで覚醒するに違いない!”とか変な期待して見殺しにするなよ!いいかっ絶対だぞ!!」
「……えーーと、それはダ○ョウ倶楽部的に『しろ』という意味でしょうか?」
「言葉通りの意味だよっ。…とにかく、やるだけやってみる! ・・・あと、万一の時はレミを頼む」
と覚悟を決めたところ、アンリがおふざけを中止して、
「あ、待ってください。あるだけ『支援』を掛けておきますから」
そう言うと、その手から何色もの柔らかな光が伸び、俺の身体にまとわり付いてきた。
「『武器強化』。『肉体防御』。『光盾』。『自動回復』。それともう一度『強化』」
おおっ、支援魔法きたっ!これで勝つる!
これまでとは段違いの身体のキレと奥底から湧いてくる力とに自信を深め、俺は小鬼たちの方へ足を踏み出した。
その自信に気が付いたのか、小鬼たちの間に動揺が広がり……かけたところで、森の中から漬物石ほどもある石斧を持った、一際大きな小鬼が現れた。
身長・横幅ともに通常のゴブリンよりも3回りは太く大きく、はち切れんばかりの筋肉量は、どう見ても『筋肉はゴリラ!牙はゴリラ!燃える瞳は原始のゴリラ!』という――小鬼というよりもどう見ても武装したゴリラです。ほんとうにありがとうございます。
やる気、というか殺す気満々でこちらに向かってくるゴブリンに、あえて言うなら「やり直しを希望する!」という心境であった。
「GUOOOOOOOH!!!!」
雄たけびとともに突進してきたゴブリン――面倒なので『ゴブリンキング』とでも呼ぶことにする――が、上段から振り下ろしてきた見え見えの攻撃を躱す…ところで、野生の反射神経と腕力でいきなり軌道が変わり、横殴りに振られた石斧を、辛うじてバックステップでやり過ごし、着地と同時に全身のバネを総動員して、さすがに姿勢が流れたゴブリンキングの喉元へ向けて突きを放った!
分厚い筋肉の鎧に覆われて、打撃系の攻撃では通用しないだろうと思っての急所への乾坤一擲の一撃だったのだが、
『ガシッ』
あろうことか、ゴブリンキングはその姿勢から首をひねって棒の先を口で受け、一気に噛み千切ってしまった。
「なああ?!?」
慌てて姿勢を正そうとしたところへ、またもや石斧が脳天目掛けて叩きつけられ、咄嗟に広げた両手で棒の先を持ってその一撃を受け止めた。
アンリの『支援』のお陰か、ぎりぎりその攻撃を受け止められた俺だが、腕力の差は歴然で、鍔迫り合いをした形のままジリジリと押され、気が付いたら崖のすぐ傍まで追い詰められていた。
これまでか?!――と思った瞬間、なんの予兆もなくいきなり足元の崖が轟音とともに爆発し、予想だにしていなかった俺とゴブリンキングとは、一塊になって空中へと投げ出されたのだった!!
「…うわ~、派手なエフェクトの覚醒での異世界デビューですねぇ」
感心しているアンリの長閑な声が聞こえ、
「阿呆っ、こんな覚醒があるかーーーっ!!」
言い返す声がドップラー効果を伴って峡谷にこだましていったのだった。
◆◇◆◇
襲撃はほぼ予定通り進んでいた。
最初の詠意爆弾の音と、目の前に転がってくる大小さまざまな岩の塊に棹立ちになる馬を必死になだめる御者と、咄嗟に状況がわからずうろたえる馬鹿な護衛どもに矢を射掛け、そのほぼ半数以上を無効化したところで、彼ら――特定の名はなく、強いて言うなら影とも呼ばれる――は、残った護衛と獲物以外の人間を始末しようと馬車隊の前後へ姿を現した。
彼らにとってはこれは作業であり、予定通り物事が進むのも当然のことだった。
この次の瞬間まで――
「どわわわっわわっわ?!?!」
という叫び声とともに、岩とは違う一塊の物体がどこからともなく落ちてきて、地面に盛大にぶつかりバウンドして、二つに分かれて横たわった。
襲ったほうも襲われた側も唖然としていると、ほどなく小柄な方――と言ってももう片方に比べて肉付きが薄いというだけで十分な身長はあるが――が、平然と立ち上がり、足元に転がる大柄な塊を見て軽く目を瞠り、すぐさま納得した顔で平然と周囲を見回した。
その男、いや少年と言うべきか?
見たこともない風体に片手に80cmほどの木の棒を持っただけの、このあたりではあり得ない黒髪黒瞳の彼。その足元に転がっている者の正体に気が付いて――影の隊長格の男は息を呑んだ。
彼ででさえ見たこともないほど巨大なゴブリン…いや、ゴブリンキングの死体である。
あれだけの大物を斃すとなれば、彼ら影でさえ、3…いや5人がかりでなければ確実とは言えないだろう。
それをあのような少年が斃したというのか?馬鹿な?!いや・・・
そこで彼は、その少年の全身と武器である木の棒を覆う強化の魔法の光を見て考えを変えた。
彼自身がかけたのか他の第三者がかけたのかはわからないが、こうして視認できるまで顕在化している魔法をまとう者が只者であるはずがない。
予想外の不確定要素に、このまま襲撃を続けるべきか、それともいったん引くべきか、珍しく判断に迷った。
「・・・貴様、何者だ?」
鋼鉄の刃のような影の男の声に、その少年はどこまでも自然体のまま、なんということもなく名乗った。
「マサト・セナ。……勇者様だ」
これが後に稀代の勇者と謳われるマサト・セナの第一声と呼ばれた瞬間であった。
◆◇◆◇
やばいっ、滅茶苦茶注目を浴びてるよ。
まあそりゃそうか。突然の崩落事故に巻き込まれたみたいで、馬車の周りには犠牲者がいるみたいだし、そんな事故現場にゴブリンキングと一緒に崖から転がってきたら、そりゃ怪しいと思うのは当然だろうな。
ま、ゴブリンキングの方は打ち所が悪かったみたいで首の骨を折って死んでるけど。
俺のほうが無事だったのは、アンリの『支援』のお陰でと、いい加減飛び降りなれて咄嗟に受身が取れたからだろうな。
なんとなく自分が階段落ちの芸人になったようなきがするけど・・・。
「××××××××××××?」
ん? 黒覆面の人がなんか言ってら。他にもいるし、このあたりの風習なんだろうかあの格好? まあいいけど、たぶん「お前は誰だ?」とか聞いてるんだろうな。
とりあえず自己紹介しておこう。人間、挨拶が基本だし。
「マサト・セナ」あ、名前だけだとなんか偉そうだな、えーと、確かレミが俺のことを呼んでたのが「勇者様だ」
と、使える単語を並べて自己紹介してみた。
※ちなみに、マサトはレミが自分のことを「勇者様」と言っているのを知りません。いいとこ「冒険者」くらいに思ってます。
バトルっぽいかなぁ・・・?とりあえず誤解はさらに深まり、次回はお嬢様キャラの登場となります。で、一気に舞台は街道から街へと移ります。謎の男たちの目的も少しずつ明らかになり、マサトの過去話とか出たりするかもです。
ということで、次回は「天使のたまごっち」(仮)の予定です。