勇者 大地に立つ?!
この世を混沌に堕とさんとする魔王を倒すため、頼りになる仲間たちとともに、いくども魔王軍の手中から九死に一生を繰り返し、勝利を得てきた勇者レオン・オニールだが、ついに最大の危機がおとずれる。
魔王軍幹部達のかけた陥穿にはまってしまったのだ。
仲間たちは次々と倒れ、満身創痍のまま最期に残った恋人でもある美少女神官シアを背に、立ち尽くすレオンの周りを、蟻の這い出る間もないほど取り囲んでいた魔王軍幹部の一人が高笑いをした。
「ワハハハ、勇者レオン、もはや、逃れることはできんぞ!」
次の瞬間、一斉に放たれた魔力光が四方八方からレオンとシアに殺到し、
「ワーッ」
レオンは断末魔の声をあげた。
◆◇◆◇
普人族に比べ一段低く扱われがちな獣人族の出自ではあるが、魔王を倒す勇者として神託を受けた勇者獅子王は、同じ人間として分け隔てなく接してくれ、なおかつ義兄弟の契りすら結んだ勇者レオン・オニールが、魔王軍の姦計により窮地に陥っているとの知らせを受け、矢も盾もたまらず単身、魔王城へと乗り込むが、張り巡らされた卑劣な罠により捕らえられた。
ロープで吊るされ、処刑を待つばかりとなった獅子王を囲んだ魔王軍幹部達が、肩をそびやかし口々に嘲笑する。
「わははは、勇者獅子王!」
「もはや、逃れることはできんぞ」
その声を合図に、魔王軍幹部達の手から一斉に火炎魔術が放たれ、たちまち獅子王の全身が炎に包まれ、
「グエーッ」
と獅子王の断末魔の悲鳴が響いた。
◆◇◆◇
「…………」
70型テレビ並みの大画面で、臨場感たっぷりに再生された画像に『この先はR18なので放送できません』とテロップがでて、空中に溶けるように消えた。
「…えーと、このシリーズさらに『勇者カメオ』とか、あとリメイク版で『あやうし!勇者タイガ』や『あやうし!勇者シュガー』とかもありますけど、観ます?」
ため息をついてこめかみの辺りを押さえる俺の様子に、なんとなく気まずいような微妙な笑みを浮かべたまま、天使が続きを促すが、
「見せんでいい、見せんでいい。どうせ全部同じなんだろう?」
手を振って断った。
てか、リメイク版ってなんだ?!
『これでだいたいこの世界の勇者と魔王の関係は理解できたかとおもうが・・・さて、話を戻すが、世界とは単一ではなくほぼ無限に存在する。創世に関しては当初は私が創っていたのだが、現在は既存の世界から自然派生するのに任せている。ちなみにこのグリアス世界は君の世界からの派生世界に当たる』
ドヤ顔うぜい。
「ようするに種を蒔いた後は絶賛放置プレイで、勝手に枝葉が伸びるに任せているということです」
天使が淡々とした口調で、かなり身も蓋もないフォローを入れてくれる。
「ほー……」
気を悪くした様子もなく神様――その説明を信じるなら俺が『神』と想定するコミュニケーションツールらしい――がその後を続ける。
『なお派生の原因は様々だ。エントロピーの海から自然発生することもあれば、源世界に新たに生まれた“神”が創る場合もある。そしてこの“グリアス”は君らの世界の住人の集合的無意識から自発的に分離したものだ』
「ぶっちゃけるとネトゲとかファンタジー作品とかに対する人類の妄想がきっかけです。スゴいね人類(はぁと)」
やたらいい笑顔で、再度フォローだかチャチャだかを入れる天使。
「……で?」
『派生世界は無数に分岐するが、ほとんどの場合短時間に自滅する。源世界に比べ世界の構成要素が少ないためだ。例えるならコピーを繰り返せばどんどん粗悪になるのと同じだな』
「オリジナルマモー理論です」
……わかりやすいけど、本気で身も蓋もないな。
『本来ならこの“グリアス”もそうなる筈だったのだが、ここでグリアス世界の自己防衛機能が働いた』
非常に嫌な予感がする。
『すなわち自己の構成要素を補完するために、オリジナルとなった源世界からそれを招き寄せた。――すなわち君ら勇者だ!!』
「ご指名おめでとうございます♪」
またまたどこからか取り出したクラッカーを鳴らす天使。
「あー、パスするわ。……帰り道はどっち?」
『残念ながら君の居場所は、存在したという歴史を含めてもう源世界にはない。不可逆的措置だな』
半ばそうなるんじゃないかと思っていたけれど、神様にはっきり断言されるとそれなりのショックがある。
「てか、なんで俺なんだ?! 勇者とかそんな特別な能力とか特技とか……!」
――あ、もしかして寝起きのアレは伏線とかじゃね? 実はなにか隠された潜在能力があるとか、実は失われた伝説の血筋だとか?
と思ってチラリ見ると、天使はそれだけで意図を察したらしい、『ナイナイ』という感じで手を振った。
「…………」
厨二病というわけではないけれど、“他人とは違う特別な自分”というものに多少は期待があったので、地味にへこむな、くそっ……。
付け加えるのならば、と神様が補足する。
『君が選ばれたのは、那由他分の1の確率での無作為な結果だ。構成要素――この場合は人間であれば誰であろうがグリアス世界にとっては問題がなかった。それを既存の構成の上に上書きさせればよかったのだ』
「“誰でも良かった。反省はしていない”というノリですね、わかります」
「わ・か・る・かーーっ!!! なんとかしてくれよ、あんた神様だろう!?」
さすがに納得できずに詰め寄ろうとしたのだが、ふわふわと頼りない足元が定まらずにまったく移動することができなかった。
しばらくジタバタしていたが、
『落ち着きたまえ』
自称神様からやや強めの光が放たれ、俺は反射的に目を閉じ――天使が「あら、懐かしのポ○モンフラッシュ」――とか言ってるのを聞いて、なんとなく毒気が抜かれ、ため息をついてその場へ胡坐をかいた。
落ち着いたとみたのか、神様は相変わらず淡々とした調子で続ける。
『いま君を源世界に復活させた場合、存在しないはずのモノが存在するパラドクスより源世界のバランスが崩れる。だがグリアス世界には君の構成要素が必要だ』
「……だから異世界で暮らせって? それを拒否した場合にはこの世界が滅びるから」
『即座にどうかなるというものではないがね。本来であれば召喚された肉体・精神は最小単位に分解された上で、グリアス世界に偏在することになるのだが、今回は特例で、私がフィルタリングをすることで君という個性の再構成を果たしているのだ。君にとっては辛いだろうが、この状態が現段階でできる限界なのだ』
偏在…って聞こえは良いけど要するに死んでいたってことだよな。
そう思えば運がいいと言えるし、目の前の神様にも感謝しなきゃいけないとも思うのだが、「今回は特例」という部分が気になる。なにかあちら側にも思惑があるってことだし、素直に感謝し辛いな。
「……そんなわけで今は、これが精一杯」
一輪の花と小さな万国旗を差し出しながら、いつの間にか傍らに来ていた天使が、子供をあやすような感じで軽く俺の頭を撫でた。
ひょっとして慰めてくれてるのかな…?
そう思うと彼女の手の暖かさが、全身に染み渡り、胸の奥にほのかな灯が燈ったような気がしてきた。
「……ふう。どちらにしても選択肢はなしか。まあ異世界で勇者でも目指したほうが前向きか…」
「扱いとしては“修正パッチ”ですけどね」
「………」
本当に慰める気あったのかなぁ…? 早まったかな、俺???
『さて、これ以上の干渉は悪影響を及ぼしかねない。そろそろ君をグリアスへと送り届けよう』
そこで神様があっさりとチュートリアルの終了を宣言した。
「――って、いままでの説明では異世界って名前だけしか聞いてないけど!? 事前説明とかなしにいきなりとか無理ゲー過ぎだよ!」
『安心したまえ。救済措置としてこの有機補助体・固体識別名称“アンリエット”が従者として同行することになる。きっと君の助けになるはずだ』
その言葉に、傍らの天使が、ふわり優雅に腰を折った。
「アンリエットです。マスター、コンゴトモヨロシク」
あ…動いた拍子に女の子の良い匂いが……じゃなくて!
「ちょっ…えっ? よろしく? マスターって俺のこと?? てことは、オレオマエマルカジリ…じゃなくてっ!」
いきなりのエロゲ的展開にテンパって自分でもちょっとナニ言ってるのかわかんねー状態です。
狼狽えつつもそこは哀しい男の本能で、
――キタッ! この美少女天使ちゃんが「マスター」とか、いきなり俺のターンですか?!?
――うん許す! 異世界だろうが、存在の歴史抹消だろうが許すっ!!
――てーゆーか、むしろ彼女居ない歴=年齢の黒歴史が綺麗に抹消されてサッパリしたってもんだ!
――あんた神だ!…うん。確かに神だわ!!!
ヒャッホーしている自分がいた。
「――はっ! い…いやいや……! 人身売買だよね、それって?! 一方的にそーいうの決めるのって良くないと思うなっ! えーと…アンリエットさん? 貴女も自分を大事にしたほうがいいですよ(キリッ」
立ち上がって彼女の肩にポンと手をやる。
うむ我ながら良い事言った!紳士な対応ができたな俺。
「……けっこう悩んでましたね」
『にやけ顔から葛藤するまでのタイムは2分47秒。その間にイロイロ妄想してたな』
「うわぁ、ひょっとして私、乱暴されるんでしょうか? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに! ……大事なことなので2回言いました」
「――ぐはぁっっっ!!!!!」
赤裸々な言葉攻めに、思わずその場に膝を抱えて転げまわる俺。もうやめて、俺のライフはゼロよ!! てか、いっそ殺せっ。
数分間ひとしきり悶絶したところで、
「あの…マスター」
夏の終わりの蝉みたいに、辛うじてピクピクしている俺の傍らに天使――アンリエットがスカートを抑えて屈み込むと、ふわり優しく微笑んだ。
「私は別にマスターの従者になるのが嫌だとか、マスターが嫌いだとかということはありませんよ」
え……って、それって……つまり?
「というか好きでも嫌いでもない、正直、無関心なのですが」
『愛の反対は憎しみではなく無関心です』(by:マザー・テレサ)
「なんなんだ、お前らっ?! いちいち上げて落とさないと気がすまないのか!? 天国の階段で俺に蒲田行進曲でもやれっていうのか、えーヲイ?!」
「壮絶な階段落ちですねー。ちょっと観たいかも……」
その光景を想像しているのか、うっとりとするアンリエット。駄目だこいつ・・・早くなんとかしないと。
「……ええと、まあ、ですからお互いにゼロの状態から始めて、良い関係を築きましょう、と。そう言いたかったんです。マサトさんのちょっといいとこ見てみたいってやつですね~」
前半は良いこと言ってるようだが、後半が手拍子を打ちながらで台無しである。
「てゆーか、さっきから気になっててたんだけど、ええと…アンリエットさん?」
「『アンリ』と軽く愛称でいいですよ♪」
「微妙にノリが昭和臭いんだけど、君の年齢って――」
刹那、どこからともなく飛来した長槍が、俺の耳元を掠めて地面に突き刺さった!
ビーンっっと震える木製の柄を横目に、いまさら全身に冷や汗がどっと流れる。
と、アンリは笑ったままの顔を一切崩さず、
「あら、物干し竿どこへ行ったかと思っていたらこんなところにあったんですね♪ ごめんあそばせ」
片手で槍を引き抜くと、ひょいと神様のほうへ放り投げた。
『グ、グングニル!』
その槍を見て慄いている神様。
「――で? マスター、なにか私に質問が?」にっこり。
「ないないないない! 気のせいです」
考えるより先に身体が全力で否定していた。
世の中には知らなくても良い事がある。それを実感した16歳のある日であった。
『では、質問もないようなので改めてグリアスに送ろう』
「あっ」しまったそういう流れになるよな、当然。
自称神様の台詞が終わった瞬間、抗議する間もなく『ズボッ』と足元の床に穴が開き、俺の身体は真っ逆さまに転げ落ちた。
「またこれかーーーーっ!!」
真っ白い空間を抜けた先、またもやグリアスの大地を眼下に収めながら、本日2度目となる自由落下に絶叫する俺。
ただし今回は途中、翼を広げて追いついてきた天使――アンリが、俺の傍にピタリと寄り添い、左手を握ってくれているので、あるていど安心感と余裕がある。
「…で? これどこへ向かってるんだ??」
このままだと前回同様、何もない森だかジャングルだかに落ちるコースだが、今回は『勇者』という役割が――正直、そうした記号で括られるのは業腹なのだが――あるので、目的地とかもあるのだろう。
そう思って尋ねたところ、アンリはしごく真顔で尋ね返してきた。
「マサト、君はどこに落ちたい?」
「あほかああああああああああっ!!!!」
駆け足でプロローグ部分を終わらせました。
でも、まだ魔法とか世界の説明が残っているので、もうしばらく説明回が続きそうです(≡ε≡;A)…
バトル苦手だしどうしましょう。
とりあえず次回『親方 空から勇者が!』(仮)の予定です。