最終兵器と彼女
「……うぅむ、やっと収まったかの」
神官長が耳を押さえていた手を放し、ほっと安堵のため息をついた。
「も、申し訳ございませんっ」
祭りのスタッフが総出で頭を下げる。
結局、あの後、スタッフ全員での試行錯誤の上、5分ほど経ってもどうしても音が鳴り止まず、最後はクラヴィアが、
「――天使様直伝、斜め45度チョップ!!」
と言って『送音箱』に飛び蹴りを入れて――全員内心で、「いやそれチョップやない、ドロップキックや」と突っ込みを入れたが――強引に『伝令箱』からの騒音を止めることに成功したのだった。
音が鳴り止んだことで急に辺りが無音状態になった風に感じたが、やがてアーラ市全体が轟いているかのような鯨波が四方八方から押し寄せてきて、その場にいた全員が厳しい顔で街の外での戦場を見定めるべく視線に力を込めた。
「・・・始まったか」
と、そこへ再度、伝令兵が飛び込んできた。
「どうした?! 戦闘はどのような様子だ!? 市民の避難は進んでいるのか!」
最悪、大神殿に市民を避難させ篭城すべく、グラウィス副神官長が矢継ぎ早に尋ねたが、伝令兵はその場に膝をつくと、
「――報告いたしますっ。アーラ市直前まで迫っていた海豚人軍の前に天使様と黒髪の勇者様が降臨。敵軍全てを一瞬にして壊滅状態へと……まさに奇跡のような光景でありました!」
興奮冷めやらぬ様子で、身振り手振りを交えて報告し始めた。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
その場に歓喜のどよめきが巻き起こった。
「味方の負傷者は? 市民の様子は?」
いち早く我に返ったグラウィス副神官長が確認する。
「現在、すべての兵と市民の有志とで息のある海豚人の処分を行っておりますが、味方の損傷は皆無。敵は一兵残らず殲滅かと」
再度の報告に、再び神殿が沸いた。
「・・・・・・ば、馬鹿な・・・・・・」
ただ一人、ただでさえ青白い顔を蒼白にしたイクス氏を除いて。
「先生……?」
その様子にクラヴィアがさすがに不審を覚えた。
そこへ、高らかな蹄の音を響かせて1騎の軍馬が走りこんできた。
手綱を取っているのはいま話題の渦中の人物、勇者マサト。その腕の中、落ちないように横座りで並んでいるのは同じく天使のアンリであった。
「マサト様!アンリエット様!」
真っ先にクラヴィアが駆け寄ると、ビシッとアンリを指差した。
「なんなんですの、その恋人ポジションは?! 手紙に浮気は許さないと書いた筈ですわよね!」
いや、そこ真っ先に突っ込むところか? と全員再度心の中で一斉に突っ込みを入れたが。
「…いや、なんかこの体勢じゃないと絵にならないからとか、これでチャラにするからと言われてなし崩しで」
わけがわからないよ、という顔で弁明するマサト。
「当然です。衆人環視の元、私にあれだけの辱めを与えたんですから、このくらいしてもらわないと割りに合いません」
クラヴィアの威嚇する視線を真っ向から受け止める・・・というより受け流す感じで、アンリは困ったような申し訳ないような後ろめたい表情のマサトを横目に見た。
「辱めとか、どういうことだ?」「勇者殿も反論せんかったのォ」「つまり、そういうことか?!」
聖職者というより煩悩フルスロットルの男子中学生のようなノリで、ひそひそと憶測に興じる神官たち。
と、神官長が代表をして勇者マサトの前へ進み出ると、深々と頭を下げた。
慌てたマサトとアンリも馬から降りた。
「勇者殿、天使様、まずはこの街を救ってくださったこと、神殿を代表して心よりお礼申し上げます」
「あー。いや、あれは俺の力と言うより全員の勝利というか・・・」
「うむ、さすがは勇者殿謙虚であるな。しかし、あえて言わせていただこう――」
真摯な……年齢と実績を重ねた男だけが出せる貫禄の違いに、勇者といえど所詮は10代の若造であるマサトは、それ以上口を挟むことができなくなり黙って続きの言葉を待った。
「青い・・・むせ返るほど青い!! たかだか二股程度でおたつくようでは青いと言わざるをえん! 儂が若い頃は――ま、いまでもやっとるが――常に複数の女性に対して適当なロケーションを演出し、「君だけだよ」「いつまでも愛しているよ」と言って公平に付き合ったもんじゃ! そこに嘘はないっ、男と女、全てが幸せになるための神聖な言葉であり行為なの――――こりゃ、なにをするか、離さんかい!!」
屈強な神官によって隅の方へ引っ張られていく神官長に代わり、グラウィス副神官長が進み出てきた。
「勇者マサト様、天使アンリエット様。改めて神官団及びアーラ市市民全員を代表してお礼申し上げます」
その場に膝を着いて祈りを捧げる神官たちを面映そうな表情で見回すマサトと、その頭の上を嬉しそうにパタパタ飛び回るアンリ。
と――その視線が突如鋭くなり、一人の人物へと注がれた。
◆◇◆◇
「・・・さて、ミスターイクス。いや、魔王軍幹部イクス! お前の計画も全てご破算で、年貢の納め時ってやつだな」
俺を中心に周りの神官たちが取り囲む中、一人舞台に残っていたイクスに向かって剣先を向けた。
「イクス先生が魔王軍?! 幹部ですって!」
息を飲むクラヴィアと、半信半疑で静まり返る周囲の視線を浴びて、奴は俺を射殺さんばかりの視線で睨んでいたが、
「………ク」
不意に肩を震わせると、
「クククククッ……よくぞ見破ったな勇者よ!」
腕の一振りでどこからか取り出したローブをマントのように羽織った。
「まさか『スアロキン』まで斃されるとはな。お前を侮っていたのか、連中が不甲斐ないのか・・・まあ良い。素直に賞賛しておこうか。見事だぞ勇者マサト。――だが!」
いちいち芝居がかった仕草でマントを翻す。
「我等の計画が全て終わりと思うのは早計というものだ!」
その途端、どこかで聞いたような地鳴りと振動が神殿全体を揺るがせた。
「こ、これはまさか――?!?」
覚えのある現象に俺とアンリ、クラヴィア、神官長、グラウィス副神官長をはじめとする何人かの神官の顔色が変わった。
「・・・ほう。良いタイミングだ。馬鹿勇者を適当にそそのかしたのだが、ここまで計画通り行動してくれるとはな」
「「「「「「「「「ヒョウ・トコーか!?」」」」」」」」」
宇宙世紀の人のように、一瞬で全員が過程と原因とを把握した。
「第一の封印は解かれた。さて、第二の封印を解く鍵、『天使の鍵』を渡してもらおうか」
イクスの言葉に、グラウィス副神官長の視線が反射的に神官長の胸元へ注がれ――はっとした顔で慌てて視線を逸らせたが、イクスはそれを見逃さず舌なめずりをした。
「ほう、さらに好都合。そこにあったか。――やれっ」
と、神官長を拘束していた屈強な神官が、いきなり左手で神官長の両手を捻って束縛すると、右手をその胸元へ差し込んで探った。
「こ、こりゃ、なにをするか貴様!?――はっ、さては儂の熟れた肉体が目的じゃったのか?!」
『ねーよ!』
総ツッコミの中、神官長の胸元から四角い――ちょうどスマホ程度の大きさと見た目の――薄い箱が取り出された。
「あれは『天使の鍵』!」
「あれか・・・」
全員が固唾を呑んで見守る中、神官長を拘束したまま神官は舞台に上がり、恭しくイクスに『天使の鍵』を渡した。
「貴様、裏切ったのか?!」
周囲の神官たちの怒号にその神官は涼しい顔で、
「裏切り? 違いますな、あるべき鞘へ収まっただけですよ」
答えると同時に、イクス同様黒マント姿に変わった。
「あ、あいつさっき山小屋で逃げた魔王軍の男か!」
「そのとおり。神官とは仮の姿、我はもともと魔王軍の密偵だったというわけだ。――勇者。それに神官ども! この爺いの命が惜しければその場から動かないことだ」
その言葉に全員、歯噛みして押し黙る。
その間に仲間から『天使の鍵』を受け取ったイクスは満足そうな表情で、舞台の中央にある似非太陽の塔のようなモニュメントに向かった。
「あれは『天使の像』という祭りのクライマックスで『天使の鍵』を収める塔ですわ」
俺の疑問を読み取ってクラヴィアが説明してくれた。
「中央に四角い、ちょうど『天使の鍵』が収まる穴がありまして、そこに『天使の鍵』を収め、通常であれば「エラー」という言葉とともに戻ってきて、それで祭りは終了するのですけれど……」
今度ばかりはどうなるかわからない不安に言葉尻が小さくなる。
「さあ、第二の封印よ解けよ!」
その言葉とともに『天使の鍵』が『天使の像』に吸い込まれ、続いてどこかで聞いた電子音がそこから流れてきた。
『第二安全装置キーを認証・・・確認終了。続いて最終解除コードを入力してください。音声での入力も可能です。』
その言葉を受けて、両手を広げ、声高らかにイクスは唱えた。
「ナンジョレクマノキ カンジョレイノシシノキ ブッケ ブッタラカ ヤッケ ヤッタラカ ボッケ ボッボッボッボッボッボッ」
ホントにこんな間抜けな掛け声がキーワードなのか?と一瞬疑問に思ったが、
『最終解除コードの入力確認しました。最終兵器“最後の理性”発進します。――毎度ご迷惑をおかけしています。皆様、危険ですので白線の外までお下がりください。』
あっさりと古代魔法文明が生み出したという最終兵器“最後の理性”とやらは目覚めたのだった。
◆◇◆◇
「全員、この場からできるだけ離れろ!!」
広場全員に呼びかけながら、俺もクラヴィアの手を引いてその場から大急ぎで退避した。
いつの間にか拘束を放たれたらしい神官長も、ちゃっかりと逃げている。
やがて振動が大きくなり、もはや立っていられなくなった頃、広場中央の『天使の像』を中心に地面が盛り上がり、
「なにぃ・・・?!」
咄嗟に転移魔術を使ったのだろう、イクスが素早くその場から消えたが、間に合わなかったもう一人の神官に扮していた魔王軍の男が、捲れ上がった石畳の雪崩に巻き込まれて、
「ぎゃああああ――――!!」
悲鳴とともに消えていった。
『天使の像』というのはもともとソレの先端部分だったのだろう。
ソレ――最終兵器は広場全体を突き破り、やがて大聖堂にも匹敵する巨大な姿をあらわにした。
ちなみにその巨大な姿は――
「魔法っていうくらいだから、ゴーレム…か?」
「……私的には見たまま巨大ロボに見えますけど?」
俺の感想に、アンリが首を捻った。
身長57m!
体重550t!!
メタリックに輝くその姿は、どう見ても巨大なロボットであった。
いつの間にかそのロボットの足元へ戻っていたイクスが高笑いをしていた。
「ふははははっ、形勢逆転だな勇者! あえて言おう、カスであると!! ――さあいけ、忌まわしき旧世界の魔神よっ、いま一度世界を灰燼に帰するのだ!!」
そう言ってアーラ市を指差す。
「マサト様、あの怪物を倒す手立てはあるのですか・・・?」
自分の故郷の危機に、クラヴィアが泣きそうな顔ですがり付いてくるが。
いや、無理だろう。
あれ相手に立ち向かうなんて、バケツ一丁で油田火災を消しにかかるようなもんだ。
まだしも生身の魔王とかを相手にして、『肩の後ろの2本のツノの真ん中にあるトサカの下のウロコの右が弱点だからそこを狙え』とか言われたほうがハードルが低い。
そんなことをつらつら考えていたのだが……。
「………」
「………」
「………」
「……動きませんね」
10分ほど経ったところで、アンリがポツリ呟いた。
「ど、どうした魔神?! 魔神、動け! 魔神、なぜ動かん!?」
イクスが必死に呼びかけるがピクリとも動こうとしない。
そのうち自棄になったのか、ゲシゲシと魔神の足を蹴り始める。
「動け!このポンコツが!動けってんだよ!!」
と、最終兵器の目の辺りに紅い光が燈った。
『敵性生命体発見』
その一言とともに、意外なほどスムーズな動きでひょいと片足を動かし、プチッといともあっさりイクスを踏み潰した。
転がるシルクハットを横目に、次はこちらか……と固唾を呑んで待ち構えていたのだが、そのまま再び木偶の坊のように立ち尽くす最終兵器。
◆◇◆◇
(なんだろう、アレ?)
勇者様とおねえさまと慕う天使様を追って、ようやくアーラ市の神殿近くまで走ってきたレミは、大聖堂の隣に聳え立つ巨大なソレを見て疑問符を一杯に浮かべながら、とにかく2人を探して神殿へ続く階段を昇り始めた。
こいつもう動かないんじゃね?
そう全員が思い始めたところで、いきなりフェイントをかけるように再び頭部の目が光った。
弛緩しかけていた空気が一瞬で張り詰める中、
『人類種発見。これよりマスター登録を行います。YES/NOでお答えください』
その目が、「勇者様! おねえさま!」この場に走り込んできたレミを捕らえた。
『マスター登録しますか?』
自分が訊かれているのだと思っていないのだろう、マサトとアンリ2人のところへ寄って来て、
「ご無事でよかったです。……ところで、これなんですか?」
などと暢気に訊いている。
『マスター登録しますか?』
再度確認され、さらに周囲の視線が全員自分に注がれているのに気が付いて、「ほえ?」思いっきり混乱した顔で、マサトの背中に隠れるレミ。
◆◇◆◇
「これってどういうことなんだ? なんでレミに反応してるんだ?」
周りの人間を無視して再三レミにマスター登録を確認する最終兵器に、右往左往した挙句茫然自失であった俺は、困った時のグー○ル先生頼みでアンリへ聞いてみた。
アンリの方も自信無げな様子で、もしかしたらですけれど、と前置きして自説を開陳した。
「この兵器を作った時代には現生人類や魔族は存在していなくて、それで人間と認識されていないんじゃないでしょうか? でも、エーツゥール族はグリアスで最古の種族ですから当然その時代にも存在してて、それで人間と認識されているのでは?」
あと天使や異世界人であるマスターが弾かれているのも同様ですね、と付け加える。
『マスター登録しますか?』
「…あ、あの、勇者様……あたしどうしたらいいんでしょうか?」
潤んだ瞳で問いかけられ、俺はとりあえず2秒ほど考えて答えた。
「登録したらんじゃないか? YESって」
「決断早っ!」
アンリが驚愕しているが、
「いや、なんかもう登録しないことにはエンドレスエイトで地獄のように繰り返されそうな気がするから…」
『マスター登録しますか?』
「――ほら」
「でも安易に登録とかして大丈夫でしょうか?後から問題になったりしませんか。迷惑メールとか架空請求とかワンクリック詐欺とか…」
最終兵器相手にフィッシング詐欺の心配とか、こいつの発想のほうに逆に度肝を抜かされるわ。
『マスター登録しますか?』
「あ、はい・・・い、YES」
そんな懸念をよそに、レミは俺の言ったとおり素直に登録した。
『氏名を教えてください』
「え、えと……レミ・フォルテ…です」
『レミ・フォルテ様でよろしいでしょうか?』
「はい…あ、YES」
『登録完了しました。レミ・フォルテ様、ご命令をどうぞ』
「え? ええ、と。どうしましょう勇者様」
「んー・・・まあ、とりあえず邪魔なので、どこかへ移動してもらうようお願いしてみたら?」
「は、はい。えーと……遠くへ消えてください!」
『了解しました』
その途端、最終兵器“最後の理性”は無音で浮かび上がり、俺たちのどよめきを無視して、そのまま高速でどんどん上空へと昇って行き――――――――成層圏を越えたあたりで自爆した。
「あら、綺麗」
「本当ですね、大きな花火みたいですね、ねえさま」
茫然としている俺たちを置いて、暢気な感想を口にしているアンリとレミ。
とにかく、こうしてアーラ市における魔王軍の姦計と、古代の最終魔法兵器の復活という壮大な物語は、よくわからんうちに俺たちの活躍によって阻止された……ということで平仄がつけられたのだった。
ちなみに、瓦礫の下から奇跡的に生還した勇者ヒョウ・トコーは、度重なる不祥事により『勇者』の資格を正式に剥奪されたそうである。
◆◇◆◇
朝もやの中、1台の馬車が正門を抜け、街道へと出ようとしていた。
御者台の上で俺は昇りかけた1の太陽の朝日を見ながら、ここ数日の慌しかった日々――いや、この1月ばかり過ごした都市での思い出を反芻して、苦笑を漏らそうとして、頬に走った傷の痛みに少しだけ顔をしかめた。
黒塗りの馬車は一見どこにでもある4~6人乗りの標準的な巡回商人辺りが使うもののようだが、その実ふんだんに費用をかけ、軍の戦闘用馬車並みの耐久性と貴族の旅行用馬車並みの居住性を兼ね備えている。
さして贅沢をしないで過ごしてきた俺たちが、初めて金に糸目をつけずに購入した高級品で、なんだかんだで莫大な財産を得ることができた俺たちにとっては正直スズメの涙の金額なのだが、もともと貧乏性というか質素、倹約を美徳とする日本人としては、かなり思い切った買い物だった。
それに銀行に入っている数字と、店頭で現金で渡した金とはやはり実感が違う。
ふと、客室のドアが開き、顔を出したアンリが翼を広げ、馬車の歩みに合わせてゆっくりと飛んで、俺の隣へと座った。
「レミはいいのか?」
「まだ早いので二度寝しちゃいました」
くすくす笑いつつ、俺の横顔に走る3本の蚯蚓腫れを見て、いつにも増して優しい眼差しで訊いてきた。
「良かったんですか、クラヴィアさんのところへ残らなくて?」
「あー、ニシくんなんでや…って感じで、随分怒られたし、泣かれたけど、最後には「マサト様には魔王を倒す使命がおありですから」ってことで引き下がってくれたよ」
ふむ。と一呼吸置いてから、再度訊いてきた。
「マスターはクラヴィアさんのことはどう思ってらっしゃるんですか?」
「ん~……」
いろいろ思うところはあるけれど、これだという答えが出てこない。
「それは好意ってことだろう? それがよくわかんないんだよなぁ。例えば、君は俺をどう思っている?」
アンリは笑ったまま、
「質問を質問で返すなってとか、疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか、とか言いませんかそれ?」
と言いつつも答えてくれた。
「そうですね……好きでも嫌いでもないです」
「やっぱそのままか~」
「でも――」
「ん?」
「興味深いと思いますよ。例えるならこれから戦争始めようとする魔王軍と勇者軍の間につかつか入ってきて、「そんなことより野球しようぜ」とか言ってふと気が付いたら野球で決着つけるような、そんな突飛な行動をとる貴方が・・・こういうのを“愉しい”と言うんでしょうね♪」
「……なんかもの凄いアストロ野球になりそうな感じだなぁ」
『も…もういやじゃ~っ こんなきちがいじみた野球地獄は~っ!!』『汗は男の香水だ』『足なんざ一本もありゃじゅうぶんよ!』――と、本気でなりそうな光景を想像して冷や汗が流れた。
「でも、まあ一緒にいて愉しいって言われたのは初めてかな」
「あら、そうなんですか? こんなに身体の成分の半分が笑いでできているような人が…?」
「ほっとけ! ちなみに後の半分はなんだ? 優しさ?」
「どっちというと、やましさでしょうか?」
「上手いこといったつもりか、をい。座布団取るぞ!」
そんな他愛もないやり取りを経て、なんとなくクラヴィアに抱いていた気持ちの正体がわかってきたような気がした。
「まあ、結局、俺はクラヴィアが苦手だったんだろうな~」
「・・・確かにあのドリルは見ていると身体に刺さりそうな不安を覚えますが」
「そーじゃなくて! 前に言ってたろう? ギャリソンさんが話してくれた、クラヴィアは子供のいなかったトゥバ氏の養女だって話」
「ああ、そんなお話もありましたね。まあパンダって野生でもそうとう性衝動が低いですからねえ、本気で種として良く生き延びたと思いますよ」
「・・・それはまあいいとして、もともと彼女って貴族の生まれなんだろう?」
「ええ、あまり裕福でなかった上に女子ということで富豪のトゥバ氏の養女になったそうです」
「――で、生まれの逆境を跳ね除けるためか、周囲の期待に応えるためかは知らないけれど、幼少のときから臥薪嘗胆。いまの才覚と名声、器量を身に着けた、と。…いやぁ、俺には真似できないなぁ」
「そうですか? クラヴィアさんって基本スペック的にはぶっちゃけマスターと同等か、マスターの方が勝ってると思いますけど?」
「ああ、いや、別に真似したいというわけじゃなくて……方向性が全然逆だなと思ってさ。自慢するつもりじゃないけど、俺って昔から大抵のことはソツなくこなせて、小中ってほとんど完璧超人扱いされてたんだ」
「それはひょっとしてギャグで言ってるんでしょうか?」
「まあ、そーなんだよなー。実際天狗になってたけど、高校に入ったら本物の“天才”とか“鬼才”とかいう連中に会って、負けまいと努力したりもしたんだけど、そのうち親しくなって話してみるとさ、こいつら人間としてどっかオカシいんだわ、いや、悪い意味じゃなくてバランス崩れてんだよ」
さほど昔でもない筈なのに随分と昔に感じる連中とのエピソードを思い出して、俺は思わず笑い出してしまった。
「マスターにも友達がいたんですねー」
「妙なところで感心すな!」
「――で、こいつらも生身の人間だと思ってさ。それを勝手に“天才”だの“鬼才”だのって記号で見ていた自分が馬鹿らしくなって、そういうのじゃない『俺』ていう記号で生きてみることにしたのさ。だから、ああいう周りから期待される記号に自分で自分を当てはめて、それでなおかつ努力できるのは凄いけど、俺には苦手だなーと思った」
しばらく沈黙が続き、馬たちの蹄と轍の音だけが通り過ぎていった。
「マスター」
「ん?」
「私の友人は、ひらがなで『ようじょ』って書いて漢字に書かせると全員『幼女』って書くんですけど、どう思います?」
「そんな友人とは距離をおけ!」
愉快な集団を乗せた馬車は、街道をゆっくりと進んで行った。
最後が駆け足になりましたが、まだまだお話は続きます。
クラグィアさんはここで出番が終了ということになります。お疲れ様でした。(と言いつつ銀行の口座の足取りを追って突然やって来そうですけどw)
あと、最後の『ようじょ』の話は私の実話です。10人からいたの全員同じって・・・。
でわ、次回の予定は『えんじぇる☆はいろぅ』(仮)です。




