異世界でこの先生きのこるには
限界までに見開いた目に飛び込んできたのは、360°どこまでも続く広大な大地だった。
「っっっっ――?!?!」
タペストリーのように続く緑なす森と草原
関東平野がすっぽり入りそうな幅の雄大な大河
地底世界ペルシダーまで続いていそうな底なしの大峡谷
耳障りな鳴声をたてながら口から火を吐いて飛ぶ謎の巨鳥
昇る朝日と天頂のお日様と今まさに沈まんとしている夕日の3つの太陽
…………
……
…
な…何を言っているのか、わからねーと思うが(ry
そして足場もなにもない虚空にいて、それらを俯瞰する俺。
……余裕があるように聞こえるかもしれないが、身に着けているものといえば高校の制服だけでパラシュートもバンジーの紐もないので、当然重力に従って絶賛落下中である。
もの凄い風圧で顔がオモシロ変形しているのがわかる。小便を漏らさないのは最期の男としての矜持であるが、それもどこまで持つ事やら。
なにしろこちとら単なる男子高校生。ヨガの空中浮遊とか舞○術とかの心得はないし、絶対の危機に際して潜在能力の発動だの、未来の世界からきた青狸型復讐ロボットだののご都合主義的第三者の助けだのも多分なく、この速度と距離では程なく地面とコンニチワして、前衛アート化することだろう――いや、もちろん気が付いた当初はパニックになって手足をバタつかせたり、ブレザーを広げて「忍法ムササビ!!」とか、「助けて○ンパンマン!」とか無駄なあがきを一通りやったのだが――ここまで来ると一周回ってどーでもよくなる。というか、状況が急展開過ぎて付いていけない!!
てか、前後の脈絡がまったくもって不明なのだが、ここってどう観ても地球じゃないよなぁ……?
宇宙人にアブダクションされたのか、異世界に召喚されたのか……なら、せめて伏線とか、チュートリアルとか欲しかった。
と、ため息をついた瞬間にあっさりと地面に激突し、「え?マジで終わり??」と思ったのを最期に俺の身体と意識はバラバラに砕け散ったのだった。
◆◇◆◇
「……?」
一瞬とも永遠とも思える空白を挟んで、千々に砕けていた意識が、パズルのピースが嵌るように組み立てられ、元の形を取り戻そうとしていた。
同時に、柔らかな光と全身を包み込むような暖かな空気を感じて、無意識に喉の奥で軽いうめき声を発し、僕はニカワで張り付けられたように重い瞼をゆっくりと開いた。
「――これでいいかな? とりあえず器のほうの修復は完了したので、後は魂を定着……って、あれ? もしかして自力で戻ったの? …凄い生命力ね。まるでプラナリアだわ~」
続いて鈴を鳴らすような涼やかな声が耳元でそよいだ。……まあ微妙に褒めてるのか貶してるのか判断に迷うところだが気にしないことにしよう。
ぼんやりしたまま反射的にその美声の主へと視線を彷徨わせた――刹那、天使の姿が目に飛び込んできた。
「ん? もう起きたのかな? もしもーし、意識あります? 私の言っている言葉はわかりますか?」
天使――文字通り背中に一対の純白の輝く翼を持ち、腰よりも長い金糸を流したような癖ひとつない黄金色の髪(ちなみに髪型は上部分だけをうしろで結び、下の髪はそのまま垂らした所謂ハーフアップ)の上に淡い光の輪が浮いている、その少女は小柄な身をかがめ、ほとんど鼻先が触れる距離でこちらの顔を覗き込んできた。
陶器よりも肌理の細かな白い肌にはホクロひとつなく、混じりけのない純金をそのまま象嵌したかのような瞳はどこまでも柔和で、顔のパーツはどれも繊細かつ絶妙な配置で、このままずっと眺めていても絶対に飽きが来ないだろうと思える、まさに天上の美貌であった。
天使ちゃんマジ天使とは、まさに真理!
「……むう、返事がない。ただのシカバ「あ」」
しばし言葉もなく陶然と見とれていた僕の様子に、軽く肩を落とした彼女――どうやら僕の体は地面の上に直接敷いた毛布のようなものの上に横になっているらしく視点が低い――その拍子に長い髪が流れて、整髪料だろうか? 花の香りが広がり、鼻の奥がムズ痒く感じるとともに気恥ずかしい感情が甦った。
と、同時に、まるで爆発するかのように連鎖的に澱んでいた意識が一気に明瞭になり、『俺』は正気に戻った。
「……な…な……」
「な?……う~ん…『なぁ、スケベしようや?』なう」
なんでやねん!!
咄嗟に起き上がって突っ込みを入れようとするが、体全体に鉛を流し込まれたかのように四肢が重く、口も喉もまるでずっと使わなかったテープのように掠れている。
クソッ。どうなってるんだ俺の体は?!?
確かあの時地面に激突して死んだ……死? じゃあ、ここは天国? やっぱり天使?
いやいや、んな馬鹿な!!
仮に死後の世界があったとしても、こんな『天使』そのものを記号化したような天国とか通俗的過ぎる! てか周りを見れば背景はどこまでも広がる真っ白い空間だし……なんてゆーか、あまりにもありきたり過ぎて「実はどっきりでした☆(・ω<) てへぺろ」と言って、いまにもテレビカメラが出てきそうなコレジャナイ臭がすごい。
――いやまて、そもそもあの世のイメージとかって、臨死体験した人の話が元になってるけど、あれって科学的に考えれば極限状態で脳が見せる幻覚だって話だ。
つまり、そうするてーと死んだと思ったけど、実は王大人死亡確認状態……というか現在俺は瀕死状態で、脳内麻薬駄々漏れってことか……?
この美少女も俺の脳が見せる幻影?
「――つまり、ジグムントの言うところのリビドーが爆発して、ほとばしる熱いパトスで、脳内俺の嫁が萌え萌えとゆーことに!!」
恥ずいっ! 死の直前になって童貞の欲望が具現化か?!
ないわーー。ちゃんと仕事しろ俺の脳! シナプス!! エンドルフィン!!!
「……さっきから意味不明なこと言って悶えてるけど、やっぱり脳味噌集め足りなかったのかしら? それとも蘇生に時間がかかったせいで酸素欠乏症に……」
気が付けば結構身体の自由も滑舌の方も戻っていたらしい。
床の上で煩悶している俺を、天使がなんとなく腰が引けた様子で窺っていた。
「――こ、こほん」
いまさら取り繕うのもどーかと思うが、美少女相手に変な人と思われるのは気まずいので、半身を起こして居住まいを正した(なぜか制服は元のまま破けた様子とかもない)。
その俺の枕元のところに、ピョンと飛び上がる感じで、どこからともなく毒々しい紫色をした2歳児ほどの大きさの、2.5頭身をした猫とも犬ともウサギともつかぬ――それだけだったら可愛らしいと言えるかも知れないが――やたら目つきの悪い(例えるなら放火魔と冷凍烏賊を足しっぱなしにしたような)なおかつ片目に眼帯をした――不気味なヌイグルミのようなものが現れ、立ち上がったまま『やあ』と軽く右手を上げた。
「…………」
幻覚だ幻覚。気にしても仕方がない。
『ようこそ異世界“グリアス”へ。実験体番号XYZ340号、いや地球での呼び名に従って瀬名将人と呼ぼう。 君の身体はグリアス世界との激突で多大なダメージを受けた』
だが、こちらの意思を無視し、身振り手振りを交えて一方的に喋るヌイグルミ――ちなみにやたら歯切れのいい中年男性という感じの渋い声である。
「…………」
落ち着け俺。心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか……2…3、5…7…素数を数えて落ち着くんだ。
『(ヒソヒソ)ふむ…「な、なんだって?!」とか「誰か説明してくれよ!」とか、もうちょっと派手なリアクションがあるかと思っていたが、案外、平静だな』
「(ヒソヒソ)…噂に聞くゲーム脳とか、ゆとり特有の空気の読めなさの弊害かも知れません」
「そこ! 聞こえよがしに言うな非日常っ! てゆーか、異世界とかの厨二設定は56億7千万歩譲るとして、そもそもどういう状況なんだ、これ?! てか、誰だ! 誰だ? 誰だ!? 誰なんだお前ら!?」
そんなわけで気持ちを切り替えて(逆切れとも言う)、事情を知ってるらしい二人(?)に詰め寄…ろうとしたが、足元の感触がなくてその場で足踏みしかできないので、改めて向き直った。
「♪空のかなたに踊る影♪」
まぜか天使がなにやら歌って踊っているが、意味はないと思うのでスルーする。
一方、ヌイグルミは『さもありなん』と偉そうな態度で頷き、
『私は、まあ…俗な言い方をすれば“全知全能の唯一神”ということになる。この姿はあくまで仮初めだ』
「神キタ━━━━━━━━!!!!! 」
反射的に叫んだツッコミに合わせて、天使が満面の笑みとともにどこからか取り出したクラッカーを派手に鳴らした。
「おめでとうございます♪ 直接主神様にご対面なんて、ジーザス・クライスト以来の快挙ですよ」
「………」
そういわれると凄そうな気もするが、目の前のコレをみるともの凄くどーでもいいような気がして仕方がない。
「…あー……じゃあ、そっちはさしずめ女神様とか、天使とか?」
実はヌイグルミが本体で、それを抱えるための操り人形でした……とかいうベタなオチは勘弁して欲しな~。なんとなくエロ漫画の作者を見たみたいで夢が壊れるし。
――と、これは口の中で呟いたのだが、さすがは神様。しっかり聞こえたようだ。
ちょっと感心した顔で天使が再度クラッカーを鳴らし、
「両方正解です♪ 鋭いですね」
つでに暫定神様が、やたら漢らしいいい笑顔とともに、ぐっと親指を立てた。
『HAHAHA! 気に入った。天界に行ってミカエルをファックしていい!』
いや、それは遠慮つかまつる。
その後の細々とした説明を要約すると、この神様――つまり唯一神――は思考も処理速度も本来人間を含む生命体とは違い過ぎるそうで、そのため生命体とコンタクトを取る場合には相手に合わせた形で自分の下位端末を創造し、翻訳というかプロトコルを合わせて会話をするとのこと。
直接唯一神が創造して意を伝えるということで、宗教的には女神とか天使とかに当たるし、実質神の下位互換というかサーバに対する端末に過ぎないので操り人形とも言えるそうだ。
『もっとも相手に合わせて――この場合は君にだが――特化した人格を持っているので、もはや独立した一個の生命体であるが』
そういって締めくくる自称神様。
「……要するに、キ●バーンとピ●ロの関係じゃなくて、情報統●思念体と長●有希みたいなものか」
言われた話題の天使(女神?)当人は「ふむ」と可愛らしく小首を傾げて、神様こと謎ヌイグルミをチラリ見て、
「私は、てっきり魔法少女とキュ●べえのポジションかと思ってましたけど?」
やっぱコレが悪の黒幕か?!
『いやいや、違うし!』
慌てる自称神様。ほんとに全知全能か、これ?
「…とはいえ、逆になにをもって信じるか。神とか確かめようがないしなぁ」
「確かに。確認しようにも『悪魔の証明』になるので、これ以上は水掛け論ですねえ」
うんうんと天使も頷く。
それにしても彼女。俺個人に特化したインターフェースというだけあってやたら呼吸が合っている。
正直、ここまで会話が楽しいと思える相手というのは生前を通じて一度もなかった。
そのことに嬉しいような、もの悲しいような微妙な感慨を覚えつつ、とりあえず話を進めることにした。
「さっきの話に戻ると、ここは異世界で俺はあんたの力でトリップしてきた。ここまでは間違いないよな?」
正直、神様相手にとんでもない口の利き方をしていると思うが、コレを相手に跪いて奏上申し立て祭るとかイマサラであるので、押し通すことにした。
幸い本人(神)も気にしていないようだし。……まあ文句言ってきたら即効で土下座する覚悟はあるが(マテ
『異世界というのは正しいが、トリップ自体は私がやったわけじゃない』
「じゃあ誰がやったんだ?」
この期に及んで天狗の仕業とか言うんじゃないだろうな?!
「あっはっは、マサトさん。この世に天狗なんているわけないじゃないですかw」
天使が朗らかに否定するが――ここはツッコミ入れるべきところだろうか?
併せて、歯切れよくこちらの問いに答えてきた神様が、ここにきて初めて言いよどんだ。
『その前に、この世界は地球を含む汎銀河次元世界ではなく、“グリアス”という君からみて異世界にあたる』
「はあ……?」
だからどうした?
「ちなみに、こちらには地球にはない『魔素』という物質があり、これを媒介にいわゆる『魔法』が使えて、また魔素で変異した魔獣や魔族という存在がいたりします」
あと人間にあたる知的生物の文明レベルは地球の中世に類似しているので、要するにロープレの世界ですね。と、天使が補足した。
「ふむ、テンプレだなぁ」
とはいえ、そういう世界だと思えば気楽といえば気楽だけれど。
『まあ、いままではグリアスも安定していて、特に問題はなかったんだが』
遠い目をするブキミ人形。
「…15~16回、聖魔大戦や最終魔法兵器の使用で滅びかけましたけど」
ぼそり、天使が呟くと、さらに遠い目をしてそっぽを向いた。
『ま、まあ、それはそれとして、いま問題なのは『魔王』なのだよ! あと『勇者』だ!!」
「魔王と勇者……?」
いきなり卑近なキーワードだなぁ。
お話がぜんぜん進みません。
ここまででまだプロローグにあたる部分の半分以下なのですが、次回は主人公がやっと動き出す・・・出せればいいなぁ・・・とノープランに思う今日この頃。
……よく読みなおしたらメインヒロイン(天使)の名前がまだでてきていなかったりですが、とりあえず次回は『勇者 大地に立つ!!』(仮)の予定です。