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銀猫

作者: 灯花

寒い寒い冬の日のこと。

薄灰色の毛をした、小さな猫が居ました。

その猫の毛は、薄汚れ、体に元気がないせいでパサパサになっていました。

でも、太陽に照らされると、その毛はキラキラと輝いて見えました。

そんな時、その猫はまるで銀色の毛をしているかのように見えました。


猫にはお父さんもお母さんも兄弟も居ません。

覚えてる限り、ずっと一人ぼっちだったのです。

猫は寂しくて寂しくて、だけどどうすればいいのか分かりませんでした。


猫は鳴きました。

どうか、この寒空の下から誰かがわたしを拾ってくれますように。

どうか、この凍える寒さの中で鳴く、わたしの声が届きますように。

猫は思っていました。

この喉が潰れてもいい、どうかそれまでに、この声に込めた思いを誰かが抱いてくれますように。


猫は、鳴くことでしか自分の存在を伝える方法を知りませんでした。


わたしの体温に意味はあるでしょうか?

わたしの目に価値はあるでしょうか?

わたしの手はどこに伸ばせばいいでしょうか?

わたしの足でどこへ向かえばいいでしょうか?


猫は、何日も何日も鳴き続けました。


どうか、どうか、わたしに気づいて。


声が枯れてきました。喉も痛みます。それでも猫は鳴き続けました。


わたしの体温に意味はあるでしょうか?

わたしの目に価値はあるでしょうか?

わたしの手はどこに伸ばせばいいでしょうか?

わたしの足でどこへ向かえばいいでしょうか?


暖かなものに包まれたのは、声も途切れ途切れになった頃でした。

優しく抱き上げてくれたのは、小さな女の子でした。


「ねこちゃん、キラキラしててきれいね」

初めて貰った言葉でした。

「さむい?くるしいの?」

優しく澄んだ声でした。

「ミャア」

猫はかすれた声で小さく鳴きました。

「かわいい声だね」

女の子はにっこりと笑いました。

猫は初めて笑顔を向けられました。

その時、女の子の横に、大きな人影が見えました。

「おとうさん、ねこちゃん」

女の子は猫をおとうさんに見せました。

「うちじゃかえないよ。おかあさんがアレルギーだから」

「でも、ねこちゃん……」

女の子は猫をぎゅっと抱きしめました。

「さぁ、雲が出てきた、雪が降りそうだから帰ろう。きっと誰かが拾ってくれるよ」

「……うん」

女の子は猫の頭を撫でました。

そして元の場所にそっと猫を下ろしました。

女の子はおとうさんに手を引かれ、猫のそばから離れていきました。

猫はまた、一人ぼっちになりました。



女の子のおとうさんが言ったとおり、分厚い雲はあっという間に空を覆い、太陽はすっかり隠されてしまいました。

もう猫には光が届きません。

銀色の猫は、パサパサの薄灰色の猫に戻ってしまいました。


やがて雪が降ってきました。


猫はもうほとんど声が出なくなりました。

横たわり、起き上がる元気もありません。


雪は猫の体の上に、優しくふり注ぎます。

パサパサの毛に付いた雪はキラキラと輝き、猫は再び、美しい銀色に輝きました。


「ねこちゃん、キラキラしててきれいね」


猫は少女の言葉を思い出しました。

それから、温かさも。

女の子のことを思うと、不思議と寒さは感じなくなっていきました。


ずっと知らなかった温もり。澄んだ声に優しい言葉。


猫の毛に降った雪は、結晶になっていきました。

きれいな雪の結晶の中に、猫は女の子に抱かれる自分の姿をみたのです。


「ミャア」

それは、ありがとう。

感謝の言葉でした。


たった一度でも、一瞬でも、確かに感じたその温かさ。

猫はやっと手に入れたのです。

自分を抱いてくれる人を、受け入れてくれる人を。

猫は満たされていました。

心のそこから、温かかったのです。


「ミャア」

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

猫はもうほとんど出ない声で、それでも何度も鳴きました。


ずっとずっと、自分のためにだけ鳴いてきた猫は、生まれて初めて誰かのために鳴いたのです。


きれいだと言ってくれた。

かわいいと微笑んでくれた。

そして優しく抱きしめてくれた。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。

鳴く度に、心も体もより温かくなり、もう寒さも寂しさも感じません。


掠れていく視界の中、結晶を見つめながら、猫はとても満たされた気持ちでした。


ありがとう、ありがとう。



やがて雪は降り積もり、猫の姿は見えなくなりました。

あたり一面に積もった雪は、猫の毛のように、きれいなきれいな銀色に輝いていました。




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― 新着の感想 ―
[一言] 猫は必死に助けを求めて、 子供は純粋に猫を助けたいという思いから手を差しのべ、 大人は醜い猫を汚ならしく思い拒絶し、さまざまな観点からの思惑があり考えさせられるお話しでした。 悲しい結末で…
[気になる点] 銀猫は安い娼婦という意味です。 [一言] 言葉の意味を確認してからの方が良いかと……
[良い点] いやあ いいですね 胸にしみますね どこかで読んだことがある 見たことがある お話なんですが それでも 胸にしみましたねえ [気になる点] 悲劇で終わるバージョン ハッピーエンドで終わるバ…
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