第二話:『甘い溜息、とある予兆』
放課後の柔らかな日差しの中、桜ヶ丘女学院の正門を並んで歩く二人には、妙なコントラストがあった。
快活に歩幅を広げる結衣と、その後ろを優雅な所作で追うさやか。
「さやか先輩、今日は絶対ファミレスですよ! 早く行きましょう!」
「……結衣、さっき学食でパフェを食べていたはずよ。そんなに食べていて、よく太らないわね」
「先輩こそ、そんなにクールに振る舞って、実は甘いものには目がない癖に!」
結衣はさやかの腕を引く。さやかは「……それは秘密よ」と薄く口元を緩め、呆れたような、しかし姉妹のような親しげな表情を見せる。二人の後ろには、さやかのメイドであるクロニクルが影のように控えていた。白銀の髪をなびかせたその長身のメイドは、男性でありながらも酷く整った、硬質な美しさを放っている。
同刻、ファミレスの入り口のベルが鳴る。
悠真は凛を伴い、店内を見渡した。
(……教団のネズミがこの辺りを嗅ぎ回っているという話だったが、今のところ異常はないか)
単なる転校生という仮面の裏で、潜入捜査官としての警戒を解かずに視線を滑らせる。やがて、窓際の席に結衣とさやかの姿を捉えた。
(一ノ瀬さやか……。名門の寮長だけあって、隙のない身のこなしだ。ただのお嬢様ってわけじゃないな)
悠真の視線は、さやかの背後に立つクロニクルへと移る。
(……なんだ、あのメイドは。ただの護衛じゃない。酷く重く、淀んだ空気を纏っている。それに、なぜだかひどく……苛立つ)
敵対心というよりは、生理的な違和感。得体の知れない同族嫌悪のようなものを感じながらも、悠真は(学園の内部情報を引き出すには悪くない状況だ)と瞬時に判断し、あえて自然な足取りで二人のテーブルへ向かった。
「お、こんなところで奇遇だな」
「あ、悠真くん! ねえねえ、相席しよ!」
無邪気に手を振る結衣の向かいに腰を下ろす。凛もまた、音もなく悠真の背後に控えた。
「ねえ悠真くん、こっちの学校には慣れた? 転校生ってやっぱり目立つね。凛ちゃん以外に、親しい人はできたの?」
結衣がストローを咥えながら屈託なく笑う。一方で、斜向かいに座るさやかは、グラスを見つめながらふと視線を上げた。
「ええ。あまり自分を明かさないようだけど、どこか影があるわね。……あなたは、本当はどんな人なのかしら」
探るようなさやかの問い。悠真は内心で(鋭いな)と警戒しつつも、不敵な笑みを浮かべて軽く肩をすくめる。
「ただの目立たない転校生だよ。さやか先輩こそ、そんなに優秀なメイドを連れてるなんて、普段からよっぽど物騒な日常を送ってるのか?」
冗談めかして質問を返し、巧みに会話の主導権を握り返す。
その時、さやかが何気なく結衣の胸元に目をやり、眉をひそめた。
「……結衣。いつも付けていた銀のペンダントはどうしたの? 部屋に忘れちゃった?」
結衣は一瞬だけ表情を強張らせ、慌てて作り笑いを浮かべた。
「あ……うん、そう! 今日はちょっと気分じゃなくて、机の上に置いたままきちゃったの」
(……嘘だな)
悠真は結衣の僅かな声の裏返りと、視線の泳ぎを見逃さなかった。あれほど大切にしていた形見を外す理由。それが何を意味するのかは分からないが、悠真は頭の片隅にその違和感を冷静に記憶する。
その静かな探り合いを切り裂いたのは、クロニクルの低い声だった。
「……まだ、生きていたのか」
クロニクルは悠真の背後に立つ凛を、冷たく淀んだ眼差しで睨みつける。その言葉には、ただのメイドを超えた、過去の深い因縁を想起させる響きがあった。
悠真は即座に反応し、凛を庇うように少しだけ身を乗り出した。
「……おい。俺のメイドに何の用だ?」
悠真の声が一段低くなる。彼の中の炎が微かな熱を帯び、周囲の空気をピリつかせた。
「……クロニクル。言葉が過ぎるわよ」
さやかが静かに制止する。凛は悠真の背中からそっと肩に触れ、冷ややかな声で応じた。
「お気になさらず、ご主人様。……この程度の雑音、私がいつでも凍らせますので」
凛の言葉には、クロニクルに対する明確な警告が含まれていた。
女子会は、何か重苦しい後味を残して幕を閉じた。
店を出ていく四人を見送りながら、さやかは窓の外の暗闇をぼんやりと眺める。
「明日からまた、学校か……」
同刻。街の深い闇に沈む組織の拠点。
モニターに映し出された、悠真たち四人の楽しげな姿を、ある男が歪んだ笑みで見下ろしている。
男の指先は、起動スイッチの上で鈍く光っている。
ピッ――
誰も、その音に気付かなかった。




