第12話 サイ
ギルド前の広場に降り注ぐ陽光は、二日酔いのサイの目にはひどく鼓膜に障るほど眩しかった。
「サイ君、あのね……もしよかったら、私のパーティに入らない? ちょうど前衛を探してて……それに私、ずっと前からサイ君のことが……」
頬を赤く染め、上目遣いでサイを見つめる女冒険者。明るい髪と朗らかな笑顔を持つ彼女は、ギルド内でも人気があり、かつてのサイなら二つ返事で酒に誘い、そのままベッドへ連れ込んでいただろう。
彼女の誘いに乗れば、明るく楽しい冒険と、温かい夜が約束されている。
しかし、サイの心は微塵も動かなかった。
目の前の女の整った顔を見ても、サイの脳裏に浮かぶのは、ボロボロと涙をこぼしながら「足手まとい」だと突き放されたネイの絶望に満ちた顔だけだった。
(……俺は、何をやってるんだ)
「悪いな」
サイは短く、酷く冷えた声で彼女の言葉を遮った。
「俺は、誰とも組む気はねぇんだ」
「えっ……で、でも、ネイちゃんとはコンビを解消したって……! サイ君ほどの腕なら、一人でくすぶってるのはもったいないよ!」
必死に食い下がる彼女に向け、サイは自嘲するように短く息を吐いた。
「ソロでやってくって決めたんだ。それに……俺の背中を任せられるのは、後にも先にもあいつだけだ。代わりになる奴なんて、この世のどこにもいねぇんだよ」
その声があまりにも低く、拒絶の意志に満ちていたため、女冒険者はビクッと肩を震わせた。そして、傷ついた顔で俯くと「……ごめんなさい」とだけ残し、逃げるようにその場を走り去っていった。
遠ざかる彼女の背中を見送ることもせず、サイは深くため息をついた。 新しい相棒なんて見つかるはずがない。
ネイがどれほどの苦痛と引き換えに俺を生かしてくれていたかを知った今、他の誰かの薄っぺらい魔法に背中を預ける気になどなれなかった。
何より、俺の隣はあいつの特等席だ。あいつを追い出したこの穢れた場所に、他の誰かを座らせるなんて絶対に許せなかった。
(俺は、どうやってあいつに償えばいい……?)
虚無感に苛まれながらギルドの扉を開けようとした、その時だった。
「サイ。探していたぞ」
背後から掛けられた重々しい声に振り返ると、そこには眉間に深い皺を刻んだギルドマスターが立っていた。その手には、禍々しいほどの魔力が封じられた黒い羊皮紙が握られている。
「……マスター。俺に何か用か?」
「お前が常々口にしていた、Sランク昇格の話だ。本部から、特別討伐指定の依頼が下りてきた」
ギルドマスターは周囲の目を避けるように声を潜め、その黒い羊皮紙をサイの胸に押し付けた。
「場所は『奈落の底』と呼ばれる古代遺跡。標的は、数百年ぶりに目覚めた厄災……【古の滅竜】だ。国からの強制依頼に近い。だが、生きて帰れる保証はどこにもない。文字通りの『死の依頼』だ」
「……古の滅竜」
サイの目が、僅かに見開かれた。 それは、キマイラなどとは次元が違う、まさに歩く天災。何十人ものAランク冒険者が束になっても全滅すると言われている、伝説上の化け物だ。
「本来ならSランクパーティーを三つは編成して挑む案件だが……お前、ネイと別れてソロになったそうだな。今のお前一人では、自殺しに行くようなものだ。断ってもペナルティは――」
「受ける」
サイは、マスターの言葉を遮って即答した。
その顔には、先ほどまでの虚無感は消え去り、代わりにどこか狂気を孕んだ、酷く歪んだ笑みが浮かんでいた。
「マスター。俺がこれ一人で片付けたら、文句なしでSランクになれるんだよな?」
「正気か、サイ!? いくらお前でも、たった一人であの化け物に勝てるはずが――」
「やるしかないんだよ」
サイは黒い羊皮紙を強く握りしめ、ギルドマスターを真っ直ぐに見据えた。
(最強にならなきゃ、ダメなんだ)
あいつは、Sランクを目指す俺のために命を削ってくれた。
俺がここで立ち止まったら、あいつが流した血も涙も、すべて無駄になる。
もしこの『死の依頼』を完遂して、正真正銘の最強の称号を手に入れることができたら。その時こそ、ボロボロになったあいつの前に膝をついて、もう一度「俺の隣にいてくれ」と乞う資格が得られるかもしれない。
死ぬかもしれない恐怖などなかった。
ネイのいないこの世界で、あいつへの贖罪すらできずに生き長らえることのほうが、サイにとってはよほど恐ろしかったのだ。
「俺は行くぜ。この依頼、誰にも譲らねぇからな」
サイは踵を返し、振り返ることなく死地へと向かう準備を始めた。
この時、自分が向かおうとしている場所こそが、かつてネイが「未来視」で絶望と共に視た『サイの胸が貫かれる死の舞台』そのものであることなど、彼は知る由もなかった。




