第8話 王宮
翌日は、タクミの予報通りに晴れた。
「占星術師、タクミ。通行を許可する。ただし、ここに署名を」
王宮の入り口には、昨日と同じ門番がいた。約束通り、あっさりと通してくれた。
しかし、王宮の入り口を通ったものの、タクミには右へ行ったらよいのか左へ行ったらよいのか検討もつかない。そう言えば、サトシも何も教えてはくれなかった。
「あの」
門番に聞いてみた。
「僕はどちらへ行けばよいのでしょう?」
「しばしここで待て。誰かが迎えにくるはずだ。王宮では、そういったシステムが出来上がっている」
「でも、僕が来たことは誰も知らないんじゃ・・・」
「言っておるだろう。ここは王宮。ここでは、システムが出来上がっている」
門番とそんな不毛なやり取りをしていると、後ろから声をかける者がいた。
「タクミ君。おはようございます。私が案内します」
「ユキ?」
昨日、王宮の外で出会った、少女だった。今日は、襟のついた、制服のようなものを着ており、別人のように大人びて見えた。実際に今日のユキの姿を見て、少女という者はいないだろう。
「君が、案内人? 昨日、なんで教えてくれなかったの?」
「王宮の外と中では、別ですから」
確かに、昨日とは言葉遣いも違っていた。
「では、参りましょう」
タクミは、ユキの後ろについていった。
正面に、大きな階段があり、二人は黙々とその階段を上った。階段をのぼりきったところには、大きな扉があり、ユキが近づくと、それはひとりでに開いた。ギギギギという大きな音を立てる。
その先には、まっすぐに廊下が続いており、遠く一番奥には巨大な柱時計が見えた。
「こっちよ」
奥の時計に到達するまえに、左に曲がる通路があり、その通路には、両側にいくつかの扉があった。その中の扉の一つをユキは開けると中へ入った。
「どうぞ」
十メートル四方ほどの小さな部屋には、窓もなく、誰もいなかった。中央に丸い机が置かれており、その周りにいくつかの椅子が並べられていた。
「座って。どこでもいいから」
タクミは、入り口に一番近い椅子に座った。テーブルをはさんで向かい会う形で、ユキも座った。
「あらためまして、このプロジェクトのリーダーのユキと申します」
「プロジェクトリーダー?」
「意外かしら」
「意外ですね」
「ちなみにメンバーは私たちだけです」
「かなり意外ですね」
タクミはかなり居心地の悪い気分を味わっていた。サトシからは、ギの国への使節と聞いていた。使節というからには、少なくとも、十人程度はいると勝手に想像していた。プロジェクトメンバーが二人ということは、これは、タクミの単独任務に近いものだということになる。タクミの背筋に寒いものが走った。いやな予感がする。
それに、天気予報の能力が認められての抜擢というのも、間違っていたようだ。
「これを見て」
ユキは、手に持っていた封筒から、一枚の紙を取り出した。この国の地図のようだ。
「これを見て気づくことは?」
タクミはもう一度、よく見てみた。島の形は確かにこの国のものだ。しかし、よく見ると、それぞれの小国の位置が違っている。特に、ヤクモの国の位置が違っているのが目立った。本来ならば、ナの国のある場所がヤクモの国になっている。
「これは・・・でたらめな地図ですね」
「そう。あなたはこれを持って大陸にあるギの国に行くの。これからあなたの任務を説明します」
ヤクモは、三十個ほどの小さな国の連合国家であることは、先に述べた。
その中で、合併のきっかけとなったヤクモの国は比較的大きく、リーダー的な存在になっていた。連邦政府もここにあり、重要な場所である。
「だから、まだ、ギの国には、この王宮の存在を知られたくないの」
つまり、タクミに与えられた使命とは、ギの国をだますことだった。ギの国に間違った情報を渡すのだ。
「ばれたら殺されるのでは?」
「ばれたらね。ばれなきゃいいのよ。それに、ずうっとだまし続けるわけじゃない。今は時間を稼ぎたいだけ」
ユキは言った。タクミは納得がいかなかった。これでは、まるっきり捨て駒ではないか。
「捨て駒ではないわよ」
まるで、タクミの心を読んだかのようなタイミングで、ユキは言った。ユキはもしかしたら心が読めるのではないかと、一瞬タクミは思ったが、本当のところはわからない。
「あなたなら、無事に帰ってこられる」
ユキはそう言ったが、タクミにはその根拠がわからなかった。
「それから」
ユキは話を続けた。
「フェアじゃないから、隠さずに話すけれど、あなたが妖術使いだってことは、ばれてるわ。逆に、あなたの予知能力を使ってほしいというのが、今回、あなたを呼んだ理由なの。もちろん、これからも、いままで通り、自分の能力を隠して生きていけばいい。私たちは、それをばらす気はないから」
「断ることは、できないみたいですね」
「そうね。断るには、あなたは、自分の命を賭すことになるわね」
ユキの言葉は、断ったら殺すと言っているのと同義だった。
「でもね」
ユキは続けた。
「本当は、あなたには、あなたの意思で協力してほしいの。今回のプロジェクトには、ヤクモ連合に属する国、全ての人の命運がかかっているのよ」
その時だった。
タクミの頭の中にいつもの音楽が大音響で流れた。予知が来る。タクミは片膝をついて、予知の衝撃に備えた。
タクミの頭の中にさまざまな映像が流れてきた。しかし、それはいつもの予知の映像とは少し違っていた。映像の中では、ユキが叫んでいた。叫んでいる内容はわかるのだが、それがいつ、どこで行われることになる予知なのか、タクミにはわからなかった。今までにこんなことはなかった。もしかしたら、これは、過去の出来事なのかもしれない。タクミは、自分の能力について、まだまだ知らなくてはならないことが多いことを知った。
いつものように、タクミの頭の中の映像は数秒で去っていった。まるで砂浜で波に取り残された魚のような気分になったタクミだったが、一方で、自分がなすべきことを全て理解していた。
「ギの国と戦争が始まるのか」
タクミは自分が見たものが信じられなかった。しかし、自分の予知がはずれないこともわかっている。
ギの国が攻めてくる。タクミの能力はそれを伝えていた。
そして、今のままでは、大国のギに、あっと言う間に、ヤクモ連合の諸国は併合されてしまうだろうということもわかっていた。
ギの国との戦争を回避する。もしくは、戦争の開始を遅らせる。それがタクミに課せられた使命だった。
でも。タクミは思った。そんなことがこの僕にできるのか。
「わかってくれたようね」
ユキには、タクミの中で起こった変化がわかったようだった。
「わかったと思います」
「では、ここからはあなたの判断で行動を開始してください。私も、私の判断で活動を開始するわ」
「わかりました」
「それじゃあね。出発もあなたに任せるけど。それから、これを渡しておくわ」
ユキがそう言って、持っていた袋からだしたものは、かなりの量の現金と、さっきの、でたらめな地図だった。タクミはそれらを受け取り、自分のカバンの中にしまった。




