第十六話 カスミ
カスミは、ヒメの周りで遊ぶのが大好きだった。子供のいなかったヒメも、カスミをかわいがり、いつの間にか、カスミは幼いながらもヒメの仕事を手伝うようになっていた。そんなとき、海岸に謎の男が流れ着いた。
「ねえ、本当になにも覚えていないの」
幼いカスミには、遠慮というものがない。
「全く」
男は言った。
「でも、言葉はしゃべれるのよね」
「確かに。不思議なことに言葉はしゃべれる」
「この国はね。ギの国だけど、言葉はヤクモの国と同じなんだって、おばあちゃんは言ってたわ。歴史的にそうなんですって」
舌足らずな口調で、カスミはどこで覚えたのだ難しい言葉を使った。
「そっか。僕はヤクモの国から来たんだね、きっと」
「おばあちゃんは、あなたはスパイだって言ってたけど・・・」
「なるほど」
「でも、怖くないわ」
「よかった。カスミちゃんに嫌われたくないからね」
カスミと謎の男が仲良く話すのを、ヒメはほほえましく見ていた。
村人達は、海岸に流れ着いた男、しかも服の下に鎧を隠しているような男をうさん臭く思い、誰も近づこうとしなかったが、カスミは、本能的に、男が悪い人間ではないことを感じとっているようだった。
同じように、ヒメも、謎の男に対して、悪意を感じてはいなかった。記憶とともに悪意を失っているだけで、本当は、悪人かもしれない。そう思ったこともあるが、今は、そうは考えていない。おそらくは記憶を失っている今こそが、彼の本性なのだと思うようになった。
「ねえ。私、あなたの記憶が戻るようにお祈りしてあげるわ」
「ありがとう」
「私のお祈りはすごいのよ。どんな怪我でもなおしちゃうの」
「それは、すごいな。それじゃ、お願いしようかな」
カスミは、目を閉じた。つられて、男も目を閉じたが、すぐに目を開いた。カスミがどんな顔で、おまじないをつぶやくのか、見たいと思ったのだ。それは、どんなにか、かわいらしい姿だろう。
カスミは、その小さな右手を、男の額に重ねた。触れてはいない。額に触れるか触れないかギリギリの所に手をかざしていた。目を閉じたままのカスミがどうしてそんなことができるのか、男はちょっと不思議に思った。 その時だ。カスミの手から、ぼんやりとした、白い光が発せられた。いや、正確には、光が発せられているように男に感じられた。その直後、男の頭の中に、さまざまな映像が浮かび上がった。ポチと一緒に海賊と交渉し、最後は海賊に樽につめられた。タクミは、全てを思い出した。




