オレ達は奴隷じゃない
「オレ達は奴隷じゃない」
暗闇の中で男はそう訴えた。
顔は見えない。だが、独特のトーンの日本語は、流暢ながらもなまりがあり、どこか外国の人間なのだろうと察せられた。
――国会議員の宗像は、現在自宅にて拘束されている。自宅に戻るなり、抑えつけられ、ガムテープと結束バンドで身動きを封じられてしまったのだ。リビングの椅子に座らされ、縛られている。
犯人の顔は見えないが、宗像には大体は見当が付いていた……
……宗像は中抜き業者の利権を守る為に行動している。警備員や、システムエンジニアや、建設業。様々な業種に中抜き業者が存在している。それら業者は、多重派遣により本来ならば労働者が受け取れる収入からマージンをいただいているのである。
ところが、近年の少子化による労働力不足でその体制を維持するのが難しくなって来てしまった。低い労働賃金では、労働者は集まらない。労働賃金を高くしないといけない。そして、中抜き業者がマージンを奪っていては、労働賃金は高くできない。
――だから、その為に海外から労働力を連れて来て、労働力不足を解消しようとしたのだ。つまり、移民である。
ところがだ。彼ら移民は中抜き業者の存在を知ると、抗議活動をし始めてしまったのだった。
「オレ達の賃金を奪うな! 中抜き業者を廃止して、真っ当な賃金を支払え! オレ達に養ってもらおうとするな! オレ達はお前らの親じゃない!」
と。
――冗談ではない。
宗像は怒りを覚えていた。
安い労働力を求めて、我々は彼らを招いたのだ。中抜き業者を廃止にしたら、移民を受け入れた意味がない。それに、安いと言っても、彼らが元いた国の賃金に比べれば充分に高いはずだ。一体、何が不満だと言うのだ?
そう思った彼は移民達の抗議活動を無視し続けた。どうせ何もできないと高をくくって。
しかし、
暗闇の中、犯人は「オレ達を馬鹿にするな」と訴えた。
宗像は冷や汗を流している。
聞いた事がある。
労働賃金に不満を持つ人間は、単に生活が苦しいだけで怒るのではない。“不当な扱いを受けている事”それ自体に怒るのだ。だから例え彼らの元の国よりも労働賃金が高くても、賃金を奪われていると知れば、彼らは不満を募らせる。プライドの回復の為に復讐をしようとする。
日本以外の諸外国の激しい抗議活動、デモを見ればそれは明らかだ。
彼は歯ぎしりをした。
日本人ならば、こんな事はない。従順に何年でもマージンを奪われていてくれたのに。こいつらは、なんて浅ましい連中なのだろう?
やはり日本人だ。外国の労働力になど頼るべきではなかった。
「聞いているのか?」
その時、彼の喉元に冷たい刃が突き立てられた。
彼は恐怖を覚えつつも返した。
「こんな事をしても無駄だぞ? 例え私を殺したとしても、体制は変わらない……」
が、その途中で刃が喉元に刺さった。ざくり。深くはない。しかし、それでも鋭利な痛みが彼を襲った。
犯人は言った。
「お前達が、組織的にオレ達から、オレ達が本来受け取るべきだった金を奪っている事を告白しろ」
暗闇でも分かった。口元に、小型のマイクが向けられていた。
まさか……
「このマイクはネットに繋がっている。事件は既にニュースになっている。大勢の人間がこれを聞いている。
分かるな?
話せ。正直に本当の事を」
くそう!
彼は再び歯軋りをした。
日本社会のあまり有名ではないビジネス上のアドバンテージに、“治安が良い”事がある。詐欺や強盗などの予防に、それほどコストをかける必要がなく、その分の予算を他に回せるのである。
日本以外の社会は、日本よりも遥かに犯罪率が高い場合がほとんどだ。ならば、移民を大量に受け入れれば、犯罪者も同時に入って来てしまう事は自明である。
そして、“治安が良い”というビジネス上のアドバンテージを失う。
彼は喋った。本当の事を。
移民達から不当にマージンを奪って、中抜き業者を養っている事を。本当なら、法律で禁止にできる事を。長年、日本人もその悪習の犠牲になっていた事を。
その利権の為の、都合の良い安価な労働力として移民を受け入れた事を。
喋りながら彼は考えていた。
まさか、こんな事になるだなんて。
今後は、もっとセキュリティに力を入れなければ。否、その為の労働力が足らないのか。ああ、そうか。ならば、安い移民を受け入れれば良いのだ。いや、待てよ。ダメだ。移民の中にはこいつのような犯罪者が紛れているのだ……
ああ。
さっさと悪習を禁止にし、生産性を上げておけば良かった。そうすれば、こんな事にはなっていなかったのに!
……非常に温厚な日本人の気質には様々なメリットがありますが、デメリットもあります。流石に、言うべき文句はもっと言いましょう。
或いは、将来、“移民達が日本人の代わりに既得権益を破壊してくれる”なんて皮肉な事態になるかもしれませんよ。




