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僕らを結界が分かつとき  作者: 新田青


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第1話



 誰もが寝静まった夜、僕は自室の窓に手を翳す。


 月の光だけが唯一の灯りである筈の部屋で、自分の目が妖しく光るのが窓に映る。

 

 ──夜にだけ煌々と煌めく血色の目。


 人とは違うこの瞳に僕はどこかで不安を抱えていた。



――――――――――――――


「ご飯よー。あら? 起きてたのアルベル?」


 僕を呼んでいたのは、面倒を見てくれているローザさんだった。


「おはようローザさん。今日もいい天気だね」


「そうね。洗濯物がすぐ乾きそうだわ……って、そんなことはいいから早く朝ごはん食べちゃいなさい」


 テーブルの上には新鮮な野菜のサラダにスープ。それに加えて焼きたてのパンが添えられていた。


「今日も美味しそう。いつもありがとうね」


「この子ったら、お世辞が上手いんだから」


「お世辞じゃないよ! それより、おじさんは?」


 食卓にいないもう一人の家族について訊ねる。


「あの人なら朝早くから畑に行ったよ。悪いんだけどご飯を食べたら手伝いに行ってくれるかい?」


「勿論! それじゃいただきます!」


「こらっ。そんなに急いで食べたら喉を詰まらせるよ? 全くいつまで経っても落ち着きのない子だね」


 ローザさんと談笑しながら朝のひと時を過ごしたあと、僕は急いで家を出て畑に向かった。


 僕が暮らすこの場所は人口五十人にも満たない小さな村で、民家の他には畑しかない様な辺鄙な場所だ。けど、僕はこの村が好きだった。


 畑に着くと、作物の葉を手に乗せ、注意深く観察する男性が目に入る。


「トーマスおじさん!」


「ん? ああ、アルベルか。手伝いに来てくれたのかい?」


「うん。今日は何をすればいい?」


「お前も遊びたい盛りだろうに。俺の畑なんか手伝わなくていいから友達にでも会いに行ったらどうだ?」


「ううん。身寄りのない僕を引き取ってくれた二人に恩返しがしたいんだ。それに、おじさんから畑の事を教わるのは楽しいよ?」


 僕は産まれてから物心つくまで孤児院にいた。7歳の時にこの夫婦に引き取られて、そこから6年間の歳月を共にしてきた。


 初めてこの村に来た時、僕は不安でいっぱいだった。けど二人が優しかったから、徐々に心を開くことが出来た。


 そんな二人に恩返しをしたいと思うのは、僕にとっては当然の事で、いつかは二人の様に僕も誰かの孤独を和らげてあげられたらと思っている。


「はっは。嬉しい事を言ってくれるなアルベル。でもな。本当にやりたいことが見つかったら、俺たちの事は気にするんじゃないぞ。俺たちはお前を本当の家族のように思っているんだ。ただ一つ願うのは幸せであってほしいという事だけなんだから」


「……僕は今も十分幸せだよ。だって、二人がいるから」


 僕の頭に手を置いて、優しい顔で撫でてくれるおじさん。


 こんな日々が一生続いてくれればいいのに、なんて思いながら僕はおじさんの畑仕事を手伝った。



 ――――――――――――


 井戸で水浴びをした後、僕は何か手伝えることはないかと思ってローザおばさんのいる家に向かっていた。


「アルー」


 歩いている最中に誰かに呼び止められる。


 耳馴染みの深い声で、すぐに誰なのか気づいた。


「エリー。どうしたの?」


「んー。見かけたから声をかけただけ!」


 太陽のように笑う少女を見て、僕は思わず表情を崩す。


 エリーは僕がこの村に来た時からの幼馴染だ。同年代の子供が少ないこの村で、唯一同い年の少女が目の前のエリーだった。


「そっかー。エリーは何かしている最中だったの?」


「あ、そうだ……村にね? 見慣れない人たちが来たの。それで耳を澄ましていたんだけど、そしたら神殿の関係者だって言ってたのを聞いたの!」


「神殿? 神殿ってパーミラル神殿?」


「そうだよ! 凄い綺麗な服を着てて、まるで御伽話に出てくるような人たちだったよ」


 パーミラル神殿はこの国では国教に定められている組織だ。


 僕が昔暮らしていた孤児院も彼らのおかげで建てられ、他にも色んな慈善活動をしている団体でもあるらしい。


 彼らは人を襲う凶悪な存在である"魔族"と戦う正義の使者たちで、僕たち人類を守ってくれる盾のような人たちだ。


 僕にとっては雲の上の様な人たちで、そんな彼らが小さなこの村に来ていると聞いて驚きを隠せなかった。


「でも神殿の人たちがどうしてこんな村に来たんだろう?」


「私もその理由がわからなくてさー。だから、盗み聞きしようと思って」


「ぬ、盗み聞き?」


 エリーはこの様にいつも好奇心を隠さない。それで何度怒られても自分の行動は間違ってはいないとでも言う様に無茶な事を繰り返す。


 怒られて泣いていても、翌日にはケロッと元気を取り戻していて、僕にとってはその切り替えの早さが羨ましいとさえ感じる時もあった。


「アルも一緒に行こうよ!」


「ちょ、ちょっと待ってよエリー!?」


 手を引かれてどんどんと連れていかれ、僕はなす術もなくエリーに巻き込まれた。


 村長が住んでいる家の裏手に着くと、中から話し声が聞こえた。


「ほら。あの人たちが神殿の人たちだよ」


「ふーん。確かに見かけない格好をしているね」


 彼らは装飾のついたシャツに真っ白なローブを羽織っている。


 見たこともない煌びやかな格好は、一見するだけで荘厳な印象を受けた。


 教会の人たちは四人いて、村長と話している人が一番偉い人の様だ。他の三人は付き人の様なものなのか、外套を目深く被って顔を隠している。


「ねえアル。あの人なんか嫌な感じがしない?」


 エリーの言葉に僕はギョッとする。


「そ、そう? 別にそんな感じはしないけど……」


「うーん。なんか嘘をついている人の顔に似てるんだよね。気のせいかな?」


 エリーの言葉を聞いて、僕もその人を見てみる。村長と話しているその人は、顔は笑みを浮かべているけど、確かに目は笑っていない様にも見えた。


 エリーと二人で観察していると、突然覗いていた窓が叩かれる。その音で僕とエリーは驚いて肩を跳ねさせた。


「コラ、お前たち! また悪戯しおって!」


 どうやら村長に気づかれてしまったらしく、僕とエリーは首根っこを掴まれる。


「すいませんね。ラドウィック殿。村の悪ガキ二人が……」


「いえいえ。構いませんよ。子供らしく無邪気でいいじゃないですかー」


 ラドウィックと呼ばれた人物は、ゆっくりと立ち上がると僕たちに近づいてきた。僕は怒られると思って、咄嗟に瞼をきつく閉じた。


 だが、件の人物は柔らかい物腰で口を開く。


「そんなに警戒しないでも大丈夫だよ? 村長さん。どうか離してあげて下さいな」


「ああ……貴方がそういうなら」


 すんなりと解放された僕とエリーは慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい。見慣れない人が来たって聞いてつい」


「はっはっは。確かにこの村に神殿の建物は無いですからね。私たちが物珍しいのも仕方がありません。それよりお二人の名前は?」


「私はエリーです」


「僕はアルベルといいます」


「そうですか。エリーとアルベル。二人とも今は大切な話をしているので、出来れば外で遊んできてくれますか? 特別にこの飴を二人にあげますから」


 そう言って紙に包まれていた飴玉を渡される。


「ありがとうおじさん!」


「あ、ありがとうございます」


 エリーに続いて礼を言うと、ラドウィックは優しく微笑んだ。


 やっぱり目は笑っていない様に感じたけど、それでも盗み見ていた僕たちを叱ることもなかったし、もしかしたら誤解されやすい人なのかなと思った。


 そもそも神を信仰し、危険な魔族と命がけで戦う人たちなのだから優しいに決まっているのに。


 エリーに言われたとはいえ、嫌な感じがするなんて少しでも思った自分が恥ずかしかった。


「バレちゃったし行こ?」


「うん」


 エリーに手を引かれて村長の家を後にする時、僕は何の気無しにもう一度だけ振り返った。


 村長の家に新しく入っていく人を見て、僕は思わず呟いた。


「ローザおばさん?」


 見知った顔の人物を見て声をかけようとしたが、エリーに強く手を引かれて注意が逸れる。


「ほら! 早く行かないとまた怒られちゃうよ?」


「え? あ……うん」


 ローザおばさんは村長の家に入って行った。あそこにはまだ神殿の人たちがいる。


 よくわからないが、思い詰めた様な表情のおばさんの顔を思い出し、僕は何か言いようのない不安感に襲われた。


 そのあとはエリーと村を走り回りながら遊んだり、楽しく会話をしながら過ごしたが、何かが引っかかってどうにも集中できなかった。



 

 

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