レベル16 確信
数分すると、茜は早足で俺達のいる場所へと戻ってきた。
「悪いけど遊んでいる時間がなくなったわ、急いで先に進みましょう」
茜は帰ってくるなりそう言って橋の向こう側へと早足で歩き始める。ついさっきまでとは明らかに違い、焦っているのがはっきりと分かる。
ここで色々聞くつもりだったのだが、どうやらあまり時間がないらしい。仕方がないので歩きながら聞くことにした。
かなり早いペースで歩いて行く茜に遅れないよう、俺とクレアも早足で歩き始める。
「なにをそんなに急いでるんだ?」
茜に追いついて横に並んだ俺は、とりあえずそんな事を聞いてみる。
「……私達が来る数分前に“新撰組”の連中がここを通って行ったみたいなのよ」
やはり“新撰組”か。しかしなぜ“新撰組”がここを通ったらまずいのか分からない。
「“新撰組”がいたらなんかまずいのか……?」
茜は俺の質問に答えず、無言のまま歩き続ける。
仕方がないので俺も無言のまま茜の横を歩き続けた。
この橋の全長が5kmぐらいだとすると、大体橋の半分ぐらいまで来た時だろうか、茜がついに口を開く。
「私達が今向かっているのはあるアイテムを手に入れる為よ、“新撰組”の連中もそれを狙っているわ」
アイテムか……。“生徒会”も“新撰組”もどちらもこのゲームではかなりのギルドになるはずだ、その両方のギルドが狙うアイテムということは相当なレアアイテムなのだろう。
「そのアイテムはちょっと特殊でね、いつどこに出現するのかまったくわからないの。色々情報を集めてるんだけどそのほとんどがガセ情報。今回もそうだと思ってたんだけど……。もし新撰組”の連中がたまたまここを通ったのならいいんだけど、もし私達と同じ目的で通ったのなら……当たりの確立が一気に高くなるわ」
たしかに同じアイテムを狙っている“新撰組”が動いたのなら、今俺達が向かっている所にそのアイテムがある確立が高くなるわけだ。
しかしいつどこに出現するか分からないアイテムというのが気になる、しかも話からするとかなりのレアアイテムのはずだ。
「なあ、そのアイテムって……」
アイテムの事を聞こうと横を向くが、ついさっきまで横にいた茜がいない。
立ち止まって後ろを振り返ってみると、茜は俺の2mほど後ろで立ち止まっていた。
「おいどうした……」
「動かないで!」
茜のいるところまで移動しようとしたのだが、思わぬ茜の声で動きが止まる。
「そのまま前を向いて、橋の向こう側を見て」
茜に言われるまま元の方を向いて橋の先を見てみるが、相変わらずプレイヤー達が所々人垣を作っていたりしているだけで特に変わったことはないように見える。
「だいぶ離れてるけど青色の服を着た二人組みが歩いてるでしょ」
茜が俺の背中に隠れながら200mほど前にいる二人組みを指差す。
青というよりは水色に近いだろうか、この距離からでは読めないが背中に漢字のような物が一文字書かれている服を着た二人組みが俺達と同じ方向に歩いていた。
「……あれが“新撰組”か」
なんで分かったのかは簡単だ、時代劇なんかで見る新撰組の羽織とほとんど同じだったからだ。おそらく背中の文字は誠という漢字だろう。
「で、どうするんだ?」
「とりあえずこの距離を保ったまま進みましょう。悪いけど二人とも並んで私の前を歩いてくれる? 私はあいつらに見られたら一発でばれるから」
たしかに“新撰組”が俺達と同じ目的だったら場合、ここで見つかるのはあまり得策ではない。
とりあえずは茜の言う通りにすることにした。
クレアと手が当たりそうなほどの距離で横に並び、相手に近づきすぎないよう気をつけながら歩いていく。
歩きながら前を歩く二人を観察してみるが、この距離から見てもなかなか目立つ格好だ。格好のせいなのか、“新撰組”が有名だからなのかは分からないが、近くを通る度にプレイヤー達が二人をちらちらと見ている。今俺の背中に隠れているやつもそうだが、なんでそう目立つ格好をしているんだか……。
そんなことを考えながら歩いていると、突然“新撰組”の一人がこちらを振り返る。
思わず止まりそうになる足をなんと動かして歩き続ける。
「クレア歩くペースを変えるなよ」
顔を動かさずに、早口で横のクレアに言う。
「は、はい」
緊張したような声でクレアが返事をする。
そいつは2、3秒ほど後ろを見ると、すぐにまた元の方へと向き直った。
「ふ~、どうやら気づかれてはいないみたいね」
茜が後ろから安心したような声を上げる。
「ああ、そうみたいだな。しかしどうするんだ、もうそろそろ橋も終わりだろ?」
今は数多くのプレイヤーがいるから気づかれていないが、橋が終わればプレイヤーが一気に減る、そうなればおそらくばれてしまうだろう。
「橋が終われば来た時と同じような急な下り坂があってその先に小さな村があるわ。その村は出入口が南と東の2つあるんだけど、私達の目的の場所はその村から南に真っ直ぐ行った所にあるの。あいつ等が東から出れば私達とは違う目的で来たってことになるから、私達はそのまま南に行けばいいわ。でももし南から出たら私達と目的は同じと考えていいわね、その場合はちょっと遠回りになるけど私達は東から出ましょう、急げばあいつ等よりも先に着けるはずよ」
相手の動きに合わせて動くというわけか。
「よし分かった、それで行こう」
その後“新撰組”の二人はこちらを振り返ることも、特におかしな行動をすることもなく歩き続けた。
俺達はほぼ一定の距離を保ちながら後を付け、橋の終わりまでたどり着く。
橋が終わると50mほど平面が続いた後、道が下り坂へと変わっていた。
俺はその坂を降りる前に1時間ほど歩いた巨大な橋を振り返える。これが終わったらもう一度一人で見にこよう……そう心に誓い決闘の橋を後にした。
「……よかったわ」
坂を下りながら茜が呟くようにそう言った。
「なにが?」
「“新撰組”の中でも一番厄介で相手にしたくない奴がいるんだけど、どうやらそいつはいないみたいね」
前を歩く二人とはだいぶ離れているが、どうやら茜はこの距離からでもその厄介な奴とやらがいないのが分かったらしい。
「厄介な奴って?」
高レベルの茜が厄介というのだ、おそらくかなりめんどくさい奴なのだろう。
「“新撰組”の沖田……間違いなく最強プレイヤーの一人よ」
「沖田……」
“新撰組”で沖田とはかなり出来すぎだな……。まあ名前はランダムで決まるので沖田という奴がいても不思議はないか。あとはそいつが自分で“新撰組”というギルドを作るか、“新撰組”というギルドに入れば“新撰組”の沖田になるわけだ。
坂を下りると橋の反対側と同じような小さな村があった。
“新撰組”の二人はその村の中心へと真っ直ぐに向かっていく。
「このまま中央を真っ直ぐ進めば東出入口、右に曲がれば南出入口よ……」
二人は村の中央で一度立ち止まり何事か話した後右へと曲がる、つまり南出入口へと向かったのだ。
「やっぱり私達と目的は同じみたいね……」
とりあえず俺達も中央まで移動して二人が行った南出入口の方を確認する。
二人は家の影に隠れてすでに見えなくなっていた。
「こうなったら仕方がないわね、東から出てあいつらより先に目的地にたどり着くわよ」
「はあ~、なんかめんどくさい事になってきたな……」
「仕方ないでしょ。ほら時間ないんだからこっからは走るわよ。クレアちゃんも大丈夫?」
「は、はい大丈夫です」
そして俺達は東出入口に向かって走り出した。
村から出た俺達は真っ直ぐに伸びた道をひたすらに走り続けた。
村の外には広々とした緑色の平原が広がっており、緩やかに起伏する平原の向こうには青々とした山並みが見える。
こんな天気のいい日はこの雄大な光景を眺めながらのんびりと歩きたいものだ……。
そんな事を考えながら走っていると、道がTの文字になっている分かれ道が見えてくる。
「あれを右に行けば連中が通っている道と繋がるわ」
そう言って右へと曲がる茜に俺とクレアも続く。
「あそこを左に曲がったらどこに行くんだ?」
「だいぶ距離があるけど街があるわよ」
街か……そこにもあとで行ってみるかな。
そのまましばらく走っていくと右のほうに道が見えてくる、その道が数十m先で俺達が通っている道と繋がり一つになっていた。
「どうやら連中はまだ来てないみたいね」
二つの道が繋がった場所で一度止まり、茜が息を切らしながら前後を確認してそう言った。
俺も息を整えながら確認してみるが、たしかに“新撰組”の姿は見えない。遠回りしたとはいえかなりの速さで走ってきたのだ、“新撰組”がすでにここを通りすぎて行ったとは考えにくい。
「その目的の場所ってのまだ遠いのか?」
ここまで走ってくるのに結構体力を使った、ここからまだ先が長いのなら走り続けるのはかなりきつい。それに俺と茜はまだいいが、魔法使いのクレアはそう長くは走り続けられないだろう。
「あれ見えるでしょ」
そう言って茜が指差す方には広範囲に木が密集している森が見えた。木の葉が一面に並んでいるその奥に、一本だけ他の木より数倍の大きさの木が空に向かってに突き出ていた。
「守護の森、そしてあの大きな木が私達の目的の場所……世界樹よ」
俺達は幅が3mほどの道を歩いていた。
左右にはほとんど隙間がないほどに木が生えており、空は左右から伸びた枝と葉で半分以上が埋め尽くされている。その葉の隙間から太陽の光が縫うように、俺達が進む道を照らしている。
茜いわく守護の森とは、中心にある世界樹をまるで守るかのように森が形成されていることから付けられた名前らしい。
ふと、前を歩く茜が足を止める。
分かれ道だ。道が左右に分かれ、Yのような形になっている。
茜は2、3秒ほど考えた後、左に向かって歩き出した。
この森に入ってから4回ほど左右に分かれた道を通ってきた、茜が世界樹への道を覚えていたらしく特に迷うことなく進んでいた。
「妙ね……」
周囲を見渡しながら茜がそう言った。
「ああ、俺もそう思ってた……」
俺もさっきから変だとは思っていた。だが俺はここに来たことはないし、もしかしたらそういう場所なのかもしれないと考えていたのだが、茜も変だと思うところを見るとどうやら間違いではないらしい。
「なにが妙なんですか?」
横を歩くクレアが不思議そうな顔で聞いてくる。
どうやらクレアは気づいていないらしい、まあクレアはRPGになれていないから気づかなくても仕方がないだろう。
「村からここまで、一度もやってないことがあるだろ」
「え、えーと…………休憩……ですか?」
「……先を急ぎましょう」
「そうだな」
そう言って俺と茜は早足で歩き出した。
「あ! 待ってくださいよ! す、すいません……全然分かりません」
慌てて追いついたクレアが俺の横の位置に戻る。
「戦闘だよ、戦闘」
「戦闘ですか?」
ここまで言っても分からないらしく、クレアは不思議そうな顔で俺を見つめている。
「いいか、村からここまで一度もモンスターと遭遇していないんだ。あの広いフィールドならまあ分かるが、この森に入ってから結構な距離を進んでるのに一度もモンスターと合わないのはおかしい」
「そう言われればそうですね」
「おそらく原因は……」
そこまで言って茜が口を閉ざす。
「分かるのか?」
「たぶんだけどね、まあこの先に行けばはっきりすると思うわ」
原因があるとすれば一番考えられるのは、誰かが俺達の少し前をモンスターを倒しながら進んでいる、といったところだろうか。
たまたまモンスターと遭遇しなかった、というのもまあありえないことではないがさすがにそれはないだろう。
その後2回ほど分れ道を通りすぎ、少し開けた場所へとたどり着いた。
そこからさらに先に進むと、幅が2m、延長が30mほどの吊橋が見えてくる。
「あの橋を渡れば世界樹はもうすぐそこよ」
近くまで行き、橋の下を覗いてみると10mほど下を川が流れていた。
さっきの決闘の橋ほどの高さはない。さすがにあの高さは怖すぎた、まあこの吊橋はなかなか揺れそうではあるが……。
「やっと目的の場所に着くのか」
なんか尾行したり走ったりして疲れた、さっさと終わらせて雀の涙でアイスコーヒーでも飲みたいものだ。
そんなことを考えながら一番最初に吊橋へと足を掛ける。
「避けて!」
突然後から茜の叫び声が上がり、それとほぼ同時に背後で小さな爆発音が上がる。
俺は急いで後ろを振り返りながら、半分無意識の内に思考を“加速”させていた。
“加速”を発動させると、一気に自分の動きがビデオのスローモージョンのように遅くなる。
今の爆発音はおそらく銃声。つまり背後から誰かにいきなり攻撃されたのだ、この状況で攻撃してくるのは奴等しかありえない。
背後を振り返ると、数m先に俺の顔面を目掛けて小さな何かが向かって来ていた。
間に合う! そう確信して首だけを右にずらす。
その瞬間、顔の数cm左を青色の銃弾が走り抜ける。
あまりにもぎりぎりすぎて全身の毛が逆立つのを感じた。もし茜が叫ばなければ命中していた、そしてあれに当たれば間違いなく死んでいただろう。
「今のタイミングであれを避けるとはなかなかいい反応ですね」
そう言って木の陰から一人のプレイヤーが出てくる。
時代劇で見るような新撰組の青い羽織に黒のズボン、黒い色の髪にメガネを掛けた男プレイヤーだった。右手には15cmほどの黒い拳銃が握られていた。
「予告なしでいきなり撃ってくるとはどういうことだ?」
俺がそういうと男は俺達の15mほどで手前で立ち止まる。
「いや~、すみません。手がすべってしまったんですよ」
「ほー、なるほど。手がすべって人の顔面に的確に飛んできたわけか」
「ええ、まあそうなりますね~」
男は屈託のない笑顔でそう答えた。
これはなかなかに食えない男である、俺はどうするという意味を込めて茜を見る。
茜は俺の視線に気づき、男を警戒しながら俺に近づいてくる。
「こいつは私がなんとかするから、私が合図したらクレアちゃんと先に進んで」
「大丈夫なのか?」
「私を誰だと思ってるのよ、“生徒会”のメンバーよ」
「……分かった」
クレアにも聞こえたらしく、クレアも無言で頷いた。
「行って!」
茜の合図があがった瞬間、俺とクレアは世界樹に向かって走り出した。
ども~。
前話を更新して約2ヶ月が経ち、そろそろ更新しないとやばいな、と思い始めようやく更新することができました。
こんな感じで更新は遅いと思いますが、今後ともよろしくお願いします。