レベル11 時は金なり!
人というのは結構重いものだ、こうやって背負ってみると本当にそう思う。
別にクレアが特別重いとかそういうわけではない、むしろ身体的にも装備的にも軽い方だろう。
実際起き上がらせるのも、背負うのも簡単にできた。
だがしかし、背負ったままひたすら走り続けるとなると話は別である。
それはもちろん軽いにこしたことはないのだが、人一人を背負ったままいったいどこまで走り続けられるだろうか。
俺に任せろとか自信満々に言った手前、今さら後には引けないわけで、一か八か走れる所まで走るしかないわけだ。
時間が惜しい、こんな所でいつまでも止まっているわけにはいかない、こうしてる間にもモンスター達がこちらに集まってきているのだ。
俺はクレアを背負ったまま、墓地の道を走りだす。
さっきまで大量のモンスターで埋まっていた道は、クレアの魔法によりきれいに掃除され非常に走りやすくなっている。
道の半分ぐらいまで来た時、運よくクレアの魔法に当たらなかったのか、もしくは外から新たに入って来たのかはわからないが、墓地の入り口に1匹のモンスターが立っているのが見える。
ヒンバとか言う名前の身長2mぐらいの筋肉質な人型モンスターで、両手にぼろぼろの斧を2つ装備している。上半身は裸で着ている物はビキニパンツのみ、そして顔だけなぜか馬というトラウマ物の変態モンスターである。
はっきり言ってあんな変態モンスターの相手をしている暇などない、クレアを背負っているので両手は使えないし、時間が掛かれば他のモンスターが集まってくるだろう。
俺は道の真ん中にいるヒンバに向かってまっすぐに走る。
そしてヒンバから2m付近の所でスキルを発動させる。
“加速”
その瞬間、ヒンバの動きが急激に遅くなる。
思考を“加速”させたのだ。
ヒンバはゆっくりとした動きで右手の斧を持ち上げ、俺に向かって振り下ろす。
それを俺もゆっくりとした速さで、ヒンバが斧を持ち上げた腕の方、つまり俺から見て左に避ける。
俺が元いた地面にヒンバの斧が突き刺さる。
俺は左に避けたあとすぐに“瞬足歩方”でヒンバを一気に抜き去り、後ろを振り返ることなくそのまま走り出す。
ヒンバは攻撃力が高いが足は遅い、追いつかれることはまずないだろう。
ちなみに思考の“加速”はものすごいMPを消費するのでヒンバを抜くと同時に解除した。この先何が起きるかわからない、こんな所でMPを使い切るわけにはいかなかった。
ヒンバを抜き去り、止まることなくそのまま墓地を出た俺は、オーベルビリアに向かって全力で走り続ける。
体力を温存してなどいられなかった、左右そして後ろからすごい数の足音とわけのわからない奇声が響いてきている。
後ろを振り返る必要もない、大量のモンスターが俺を追いかけてきているのだ。
俺が予想していたよりもモンスターの集まり方が速い、おそらくは1度攻撃することでモンスターが活発になる仕掛けなのだろう。
今はまだ足音は遠くから聞こえているのですぐに追いつかれることはないだろうが、余裕をかましている暇などなかった。
無駄な体力を使わず最短距離を走り続ける、生き残る方法はこれしかない。
そう思った時、遠くに何かが見えた。
一瞬モンスターかと思ったが、よく見たら違う、あれは……。
「金髪!?」
成金趣味丸出しのピカピカ光る装備をしている金髪野朗だった。
さっきのモンスターを倒して追いかけて来たのだろう。
めんどくさい非常にめんどくさい、あんなやつに構っていたらモンスターの餌食になってしまう。
金髪野朗も俺の存在に気づいたのか、腰にある剣を抜き叫んでくる。
「貴様! さっきはよくも……」
威勢よくしゃべっていた金髪野朗の声がだんだんと小さくなっていった。
おそらくは俺の後ろに広がる光景を見てしまったのだろう、剣を構えたまま固まってしまった。
その隙に俺は金髪野朗の横を走り抜ける。
しかし金髪野朗も今自分がどうすべきかを悟っただろう、俺の横で俺と同じ方向に走り始めたのだ。
「おいぃぃぃ!! あれはなんだ!? なんなんだ!?」
俺の左側を走りながら金髪野朗が聞いてくる。
「は!? なにが? なんの話!?」
「この状況でとぼけるな! 後ろから追いかけてきてるデンジャラスなやつらの話だよ! というかなんなんだ!? どうやったらあんなに集められるんだ!?」
「おまえほんとに何言ってんの!? なにも起きてないから! 今世界は平和で満ち溢れてるから!」
「いやむしろモンスターという名の絶望で満ち溢れてるわ!」
俺と金髪野朗は叫びながら全力で走り続ける。
「もういい、わかった。どうしてこうなったのかは取りあえず置いとこう。まずはどうやってこの状況を切り抜けるかを考えるべきだ」
いい加減聞いても答えないとわかったのか、金髪野朗がまともなことを提案してくる。
「たまにはいいこと言うじゃねえか金髪、ちょうど俺もそう思ってたところだ」
遠くの方に巨大な岩が見えてくる、あそこはたしか金髪野朗と戦った場所だ。
あそこからオーベルビリアまでまだかなりの距離がある、このままでは逃げ切りないかもしれない。
「金髪、俺に提案がある!」
「本当か!? 言ってみろ!」
「俺はこのまま町まで走り続けるから、お前はここで後ろのやつらを足止めするんだ!」
「死ぬよね!? それ確実に僕死ぬよね!?」
「大丈夫! おまえならできる!」
「できるか! あの数を足止めできるわけないだろ!」
「いやできるって! お前ならできるって! 自分を信じろって!」
「信じられるか! むしろお前が足止めをするべきだろうが! 伝説の装備はどうした伝説の装備は!?」
「いや伝説の装備はあれだから! なんか封印さえてるから! 伝説の賢者様にここぞという時以外開放するなと厳重に言われてるから!」
「今この状況がここぞという時だろうが! この状況で使わないでいつ使うんだよ!?」
「あ、あれだよおまえ! よくあるだろ、千匹の魔王に囲るとか、そんな時だよ!」
「あるか! そんな状況あるわけないだろ! むしろそんな状況になってみたいわ!」
俺も金髪野朗も全速力で走りながら叫び続けていたせいか、ハァハァと息が荒くなってきている。
ものすごく体力を無駄に消費している気がする。
金髪野朗もそれに気づいたのか、しばらく無言の全力疾走が続く。
「ロ、ロダさん!」
今まで黙っていたクレアが突然話しかけてくる。
「どうした?」
俺は後ろを振り返らず前を向いたままクレアに聞き返す。
「後ろからモンスターが近づいてきてますよ!」
「なにー!!」
モンスター達とはまだ距離が離れていたはずだ、金髪野朗とわけのわからないことを言い合ってる内に追いつかれたのだろうか。
俺はすぐに後ろを振り返り確認する。
1匹のクルルが5m後ろ辺りまで追いついてきていた。
いや1匹ではなかった、最初に見えたクルルを先頭に、まるで1列に並ぶかのように数十匹のクルル達が追いついてきていた。
「来てるって! 来てるって! どうにかしろ金髪!」
足だけは異様に速いクルルのことを完全に忘れていた。
「無理だ! 1、2匹ならともかく、走りながらあの数を相手にできるわけないだろ!」
やばい、このままではすぐに追いつかれてします。
そう思っていると数m先に1mぐらいの大きさの岩があるのが見える。
あんな所に岩なんてあっただろうか?
来る時はなかったような気がするのだが……まあ今はそんなことはどうでもいい。
その岩の、俺は右側を金髪野朗が左側を走りけようとした瞬間、岩が突然動き出した。
「え?」
よく見てみるとそれは岩ではなかった、茶色のごつごつとした鎧を着込んだプレイヤーの背中だったのだ。
普通なら間違うことはないかもしれないが、はっきり言ってそれどころではなかったので全然気づかなかった。
岩の鎧を着込んだプレイヤーは俺たちが抜くのとほぼ同時に後ろを振り返り、そして…………俺たちを追いかけていたクルルと衝突した。
「ぼふぉ!」
クルルと衝突したプレイヤーはあまりのことにわけのわからない叫び声をあげる。
さらにそこに後ろから追いかけていたクルル達が次々にタックルをかましていく。
そしてそのプレイヤーは大量のクルルに埋まって見えなくなってしまった。
「「…………」」
痛いほどの沈黙が流れる。
「い、いや。悪くないよ、俺全然悪くないよ」
「あ、ああ。悪くない、誰も悪くない。今のは事故だ、悲しい事故だ」
嫌な汗がだらだらと流れ落ちていく。
「だよな! 事故だよな! けしてMPKなどではないよな!」
MPKとは、MONSTER PLAYER KILLER (モンスタープレイヤーキル)の略で、まあようするにモンスターを他プレイヤーに擦り付けてそのプレイヤーを殺すという、あまりよろしくない行為のことである。
「MPK? 違う違う違う違う! 絶対違う! 100人に聞いても100人は違うって言うね」
金髪野朗も変な汗をかいてるように見える。
「100人中100人が言うなら大丈夫だな! 全然問題ないな!」
「問題ない問題ない! というよりさっきの本当にプレイヤーだった? ぼ、僕にはただの岩に見えたけど」
「いやあれはプレイ……岩だったかも……いやあれは完全にただの岩だったな! 岩だったよマジで!」
「そうだろ! じゃまったく問題ない!」
運よくプレイヤー……ではなくただの岩のおかげで取り合えずクルルの脅威は去ったが、おそらくまた別のクルルが追いついてくるだろう。
そしてクルルだけじゃなく他のモンスターも追いついてくるかもしれない、果たしてオーベルビリアまでたどり着けるのだろうか。
前方に広がる高原を見つめてみる。
しかしオーベルビリアはまだ見えてこなかった。
今日は気分がいい。
雲ひとつない晴天、こんな日は気分がいいに決まっている。
だが本当の理由は天気がいいからではない、前々から狙っていた装備を遂に手に入れたのだ。
ロックアーマーという鎧で、普通の店では売っておらず、ゴーレムとかいうモンスターが極稀に落とすレア装備だ。
まあこの鎧ビジュアル的にはちょっとあれなのだが防御力がかなり高い、ここ辺りのモンスターの攻撃など痛くもかゆくもないだろう。
この鎧がオーベルビリアの、プレイヤーがやっている店で売られているのを見つけ時は驚いた、こんなレア装備が売られていることはそうそうない。
なんとかお金をかき集めてさっき遂に手に入れたのだ。
そしてさっそくこの鎧の性能を試そうとマラトヤ高原にやって来たわけだ。
しかし、オーベルビリアからかなりの距離歩いて来たはずなのだが、ここまでモンスターと1度も遭遇しなかった。
おかしい、マラトヤ高原にはかなりのモンスターがいるはずだ、ここまで1度も遭遇しないなんてありえない。
バグだろうか?
しばらく考えてみたものの、全然わからなかった。
まあいいそのうち遭遇するだろう、そう思いその場に座り込む。
この鎧は思った以上に重かった、それを装備し結構な距離を歩いてきたので疲れてしまった。ちょうどモンスターもいないことだしここで休憩することにした。
座って空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。
今日は本当にいい天気だ。
…………。
「来てるって! 来てるって! どうにかしろ金髪!」
「無理だ! 1、2匹ならともかく、走りながらあの数を相手にできるわけないだろ!」
はっ!
後ろから聞こえてきた切羽詰ったような声で目が覚めた、あまりの天気のよさに寝てしまいそうだった。
後ろからは声だけじゃなく、足音と奇声らしき音が響いてきている。
何事だろうかと思い、後ろを振り向く。
「え?」
振り向いた瞬間に左右をすごい速さで何かが通り過ぎる。
しかしそれを確認する暇はなかった。
鳥型のモンスターが猛烈な勢いで突っ込んできたのだ。
「ぼふぉ!」
しかしそれだけでは終わらなかった、新たなモンスターが次々に突っ込んできたのだ。
もはや叫び声すら上げることができない。
何十回体当たりをされただろうか、しばらくすると鳥達による集団体当たりも終わった。
上に被さっている鳥達を押しのけなんとか外に這い上がる。
あれだけ体当たりをされて生きていられたのはこの鎧のおかげだろう、この鎧を着ていなかったら間違いなく死んでいた。
それにしても一体何事だ、そんな事を思っていると後ろからすごい数の足音が聞こえてくる。
あわてて後ろを確認すると、そこには数え切れないほどの大量のモンスターがこちらに向かって走ってきていた。
「な、なんだこれは!」
ありえない! どうなってるんだ? このモンスター達は一体どこに向かっているんだ?
そんな考えが頭の中でぐるぐると回る。
モンスター達が向かう先にはなにがある? ……オーベルビリアだ。
つまりモンスターの大群がオーベルビリアに向かって進行している?
しかしそこまでしか考えることはできなかった。
この鎧がいくら防御力が高いとはいえ、これほどの数のモンスター相手では耐える切る事はできなかった。
墓地から町までを1話で書くつもりでしたが、長くなったので2話にしました。
もしかしたら3話になるかも……。