レベル9 一銭を笑うものは一銭に泣く
俺はオーベルビリア西入り口から、町の外にある無駄に広い高原を見つめていた。
「あの~」
そう言ってきたのはつい先ほどPTを組んだクレアだ。
「先に進まないんですか?」
クレアがそう言った理由は、俺がここで5分ほど動かないせいだろう。
「いや、ちょっと心の準備がまだ出来てないんだ」
このマラトヤ高原のモンスターは結構強い。
俺がオーベルビリアまで辿りつけたのはもちろん実力だし、ここのモンスターを倒すのはそんなに難しいことじゃない。
しかし俺は自分の防御力のなさだけには自信がある、ここのモンスターの攻撃で2、3撃、へたしたら1撃で死にかねない。
はっきり言って隣にいるクレアはあまり強そうには見えない、クレアを守りながらこの高原を進んでいく自信があまりないのだ。
いやまて、クレアもこうしてこの町にたどり着いたプレイヤーだ、見た目はあれだが以外に強いのかもしれない。
まあ俺も見た目云々は人にどうこう言える格好じゃないけどな。
とりあえずクレアの実力を確認してみるべきだろう。
「よし」
そう言ってクレアの方を向く。
「ついに出発ですね!」
やる気満々で言ってくる。
「いやその前に、そのクエストの内容を聞いておきたいんだけど」
「あ、そういえば言ってなかったですね。えーと、オーベルビリアの西にあるお墓に供えてあるアイテムを取ってくるんです」
「え? それだけ?」
「それだけです」
やけに簡単なクエストである。
「ちなみにそれ報酬でどれくらい金もらえんの?」
「えーと、50万、40万、30万、20万、10万、1千、1、のどれかみたいですよ」
クレアがステータス画面のクエスト欄をみながら言う。
「50万!? というか、どれかってどういうこと?」
「さー、私にもよくわからないですね」
おいおい大丈夫かよ。
しかしこのレベル帯でのクエストで、50万の報酬はすごすぎる。俺もいくつかクエストを受けているが、せいぜい5千がいいとこだ。
報酬50万の割りにいやに簡単な内容だ、なんだかいやな予感がする。
「そ、そのクエさ、どうやって受けたんだ?」
「え? 南門にいる白髪のおばあさんからですよ」
南門の?……まさかあのばあさんのことか!
南門のばあさんは、めちゃくちゃ悲しそうな顔でいかにもクエストがありますよと言わんばかりに立っているくせに、話しかけてもなにもないというある意味で有名なNPCだ。
気になって茜にも聞いてみたのだが、茜もクエストは受けられなかったらしい、というか今まであのばあさんからクエストを受けられたプレイヤーを見たことがないとか言っていた。
思わせぶりなだけかと思っていたが、実はクエストがあったということだ。
しかもクレアの様子からして、知らない間にこのクエストを受けられる条件をクリアしていたのだろう。
なんてやつだ……。
俺の内心の驚きに気づかないのか、何も言わない俺を不思議そうな顔で見つめている。
「ま、まあいいか」
なにはともあれ、報酬50万だ。これを逃す手はない。
「それでクレア、頼みがあるんだが」
「なんですか?」
「その報酬なんだが……半分俺にくれないか?」
「半分ですか?」
クレアが少し考えるような顔をする。
「いやいや、別に金がほしいわけじゃないんだよ! ただほら! なんていうのかなー、こうあれなんだよ! そうつまりあれなんだよ!」
わけの分からんことを口走ってみる。
「分かりました」
「へ?」
「報酬は半分で分けましょう」
「そ、そう? なんか悪いね、俺もちょっと金がいるもんだからさー」
「いえ、一緒にやるんですから当然ですよ」
なんていいやつだ、こんないいやつはそういないよ。
「取り合えず、クレアの実力を知っておきたいんだけど」
そう言って数十m先にいるモンスターを指差す。
「試しにあのモンスターと戦ってみて」
俺たちはオーベルビリアから少し西に進んだ所にいた。
クレアの実力を知りたかったので、最初に見つけたモンスターと戦わせることにしたのだ。
俺の指の先には、クルルという名の鳥、というかダチョウに近いモンスターがいる。
クルルはこのマラトヤ高原のモンスターの中では弱いほうだ、しかもいくら近づいてもあちらから攻撃してくることはない。
つまりこっちが攻撃しない限り襲ってくることはないのだ、これは俺のような防御力の低いプレイヤーにとってはものすごくありがたい、不意打ちはないし必ず先手を打てるからだ。
まあ1つだけ問題がある、マラトヤ高原内で1番足が速いモンスターなのだ。
こいつから走って逃げ切るのは限りなく難しいだろう。
「私1人でですか?」
クレアが不安そうな目で俺を見てくる。
「大丈夫、やばそうになったら俺が助けるから」
「わ、わかりました。やってみます!」
そう言ってクルルに向かって歩いていく。
まあたぶん大丈夫だろう、クルルは足が速いだけで防御力はあまりない、クレアがどんな魔法を使うかは知らないがクルルなら一撃で倒せるだろう。
魔法は発動までの時間が長いが攻撃力が高いというのが基本だ、クルルからは攻撃してくることはないので魔法の発動する時間は余裕で稼げる。
でも一応一撃で倒せなかった場合を考えて、すぐに動けるようにしておくか。
クレアは俺が予想していたよりもクルルに近づいていく。
(ん? ち、近いな)
近距離の魔法しかないのだろうか? クルルは足がはやいのであまり近づいて欲しくはないんだが。
しかしクレアはさらにクルルに近づいていく。
(ちょ! 近いって! 近いって!)
クレアはクルルに手が届きそうなぐらい近づき、右手に持っていた杖で・・・。
「殴ったーーー!!」
ポコッ! といい音が辺りに響き渡る。
(え、なに? その杖そういう使い方するものだったの!?)
攻撃されたクルルがクレアに襲い掛かる。
「きゃーー! た、助けてくださーーい!」
「ギョォォォォ!!」
クレアが俺に助けを求めながら走ってくる、その後ろをクルルが奇声を上げながらもうスピードで追いかけてきている。
「あ、やべ」
予想外の展開に思わずつって込んでしまい行動するのが遅れてしまった。
あらかじめ右手に持っていたコインを親指でクルル目掛けて弾く。
弾かれたコインは弾丸のようなスピードでクルルに直撃する。
「グャァ!」
“銭投げ”という名のスキルだ。スキル屋に売っているサポートスキルの1つで、自分の金をコインにして相手に投げつけるというスキルだ。
ちなみに小梅から借りた金が少しあまったので買ったものだ。
この“銭投げ”、俺にとってはなかなか使い勝手がいいスキルだった。投てきスキルを上げればそこそこのダメージを与えられるし、なによりも俺の“加速”と相性がいい、指で弾いて“加速”されるだけでものすごい速さで飛んでいくのだ。
ただし使うたびに自分の所持金が減っていく。
一回で減る金は少ないので、あまり気にしないで使っていたのだが、使い勝手が良すぎて連打で使用しまくっていた為、俺の財布の中身は大変なことになってきている。
「ギョォォォォ!!」
いまの攻撃で対象を変更したのか、クルルが俺に向かって襲い掛かってくる。
もう一度“銭投げ”を発動し、右手にコインを出現させる。
それをクルル目掛けて投げつける。
「グャァァァ!!」
奇声を上げながら死んでいった。
いや今のマジ痛そうだったよ、思いっきり目に当たってたよ、絶対クリティカルだよあれ。
自分で投げたのだが今のはちょっとかわいそうな気がする。
「ハァハァ! す、すごいです! 今のなんですか!?」
全力疾走したせいか、ハァハァいいながらクレアが俺に近づいて来る。
「“銭投げ”ってスキルだよ」
「“銭投げ”ですか、すごいですね!」
「いやスキル屋で売ってるから、金さえあれば誰でも買えるスキルだよ」
「そ、そうですか」
クレアはなぜか少し悲しそうな顔でそう言った。
「それよりも、クレアもしかして魔法使えないの?」
「……1つだけあるにはあるんですけど、あんまり使い勝手がよくないんですよね……」
「そっか……」
どうやら俺の予想以上に酷かったようだ。
微妙な空気が流れる。
「ま、まあしょうがない、基本的にモンスターは俺が倒すから、先に進むか」
「は、はい、お願いします」
俺の身長の2倍はある熊のモンスターが、やけに長い爪を俺目掛けて振るってくる。
振り下ろされる爪を左に避け、俺のちょうど目の高さにある熊の腹を目掛けて拳を叩き込む。
「グォォ!!」
熊が殴られたところを押さえて苦しそうに呻く、そこにさらに蹴りを入れる。
蹴りで後ろに数歩下がった熊に、右手に出現させたコインを親指で弾いてぶつける。
「グォォォォ!」
叫びながら熊が消滅していく。
「ふ~」
オーベルビリアから結構進んだはずだが、クエストの目的地である墓とやらはまだ見えてこない。
「おつかれさまです」
少し離れたところにいたクレアが近づきながら言う。
「少しここで休んでいくか」
ここまでの戦闘でかなりMPがやばい。
見える範囲にモンスターはいないようなので、ここで休んでも大丈夫だろう。
俺は近くにあった大きめの石に座る。
クレアも少し離れた所に座る。
「あの、すいません」
「なにが?」
「私何もしないで、ロダさんにばかり戦闘させてしまって」
さっきから元気がなさそうに見えたのはそのせいか。
「まあ最初はみんなそんなもんじゃないの」
「ロダさん、このゲーム始めてどれくらい経ちます?」
「20日ぐらいかな」
「私1ヶ月です……」
うーむ、なんかさっきより元気がなくなってしまった。
しばらく無言で時が流れる。
「私……」
クレアがつぶやくように喋りだす。
「このクエストの報酬で新しい杖を買おうと思ってるんです」
「杖?」
「はい、オーベルビリアの北にプレイヤーさんがやっている武器屋があるんですけど、そこで売ってる杖が欲しいんです」
強い武器に変えても殴るんじゃあんまり意味ないような気がするが。
「その杖、特殊な錬金されてるみたいで、振るだけで炎の攻撃魔法が出るんです。それがあったら私もほかの人達みたいに戦えるんじゃないかな、って思ったんです」
なるほどそういうことか、まあでもそんな杖買わなくてもスキル屋でサポートスキル買えばいいような……。
「でもその杖、20万ゴールドもするんですよ」
「20万か……」
それでこのクエストをやろうとした訳か。
「じゃあまあ、このクエさっさと終わらしてその杖買いにいけばいいさ」
そう言って立ち上がる。
「俺あのデカイ岩の上から、なにかないか見てくるわ」
数十m離れた所にある、巨大な岩に向かって歩き出す。
岩の上に立つと結構遠くまで見えた、しかし目を凝らして見ても特に何も見えない。
「こんな時のためにこれを買って置いたのさ」
道具袋から30cmほどの筒状の物……望遠鏡を取り出す。
通常よりも遠くが見ることができるアイテムだ。ちなみに結構値が張る代物である。
しばらく望遠鏡を見ていると、西の方に微かになにかあるのが見える。
「あれか?」
しかしここからじゃ何なのかまでは分からない。
「取り合えずあそこに行って見みるか」
MPも完全に回復したことだしそろそろ出発するか。
そう思って岩を降りようと後ろを見ると、クレアの前に一人のプレイヤーが立っており、クレアに何かを話しかけていた。
「ん? なんだあいつ」
ここからじゃよくわからない、手に持っている望遠鏡で見てみることにした。
その男プレイヤーは、輝く金髪を肩まで伸ばし、きらびやかな鎧を着込み、腰に宝石が散りばめられた高そうな剣を装備していた。
かなりに整った顔立ちをしている。
「うわ! なんだあの成金趣味丸出しのナルシスト野郎は」
あの手のタイプは苦手というより嫌いだ、取り合えず蹴りを入れよう。
まあ人を見かけで判断してはいけないと言うが、クレアが迷惑そうな顔をしているので蹴り飛ばしても問題ないだろう……たぶん。
こっそりと岩の上を降りる。
都合のいい事に金髪成金野郎はこっちに背を向けている、気づかれない様に背後からゆっくりと近づいていく。
なんか今回は中途半端な所で終わった気がします。
第2章借金返済編の2話目なんとか更新でしました。
取り合えず目標にしていた10話まで書ききることができました。
次は20話を目標に書いていこうかと思います。
余談ですが、毎回サブタイトルに悩んでます。
ちなみに今回のタイトルはことわざからもって来ました。