三章#11 優先順位
当作品には特定対象への批判をする意図は”一切ございません”。
医局の扉が崩壊した。
音に釣られて伊那は視線を向け、伊那に迫っていた琴葉は身体を反転。音のした方へと向き直る。
見れば街中でもあまり見かけないような、言ってしまえばみすぼらしい格好をした老若男女問わずの人々が破壊された扉のそこに居並んでいる。
名前は分からない。けれど、伊那にはそこにいる人の顔ぶれに一つだけ心当たりがあった。
それは戦いの中で失われた者たちが確かにこの世界に存在していた証明だ。
彼らは戦いで関係者を亡くした遺族たちだ。
医局とは人を救う場所であると同時に人が死ぬ場所でもある。掬い上げることのできた命の数と掬えなかった命の数はどちらの方が多いのだろうか。
救えた命の数だけ喜びの涙があるとすれば、救えなかった命の数だけの涙があるだろう。
そして救えなかったことを全て医局の責任とするのは短絡というものであろう。
救急搬送に暗黙の順序があるように救える命かどうかは生きている間に判断が下される。助かりようのないものにかまけている間に助かるはずの命が助からないというのは避けねばならない事象だ。
”仕方なかった”、とそう非情に割り切るべき命。
しかし、それは”命”だ。上も下も、貴賤の無い一つの”命”である。
被害者Aという赤の他人はしっかりとした名前のある一個人である。
そして仕方なかったの被害者は残された人たちである。被害者Aをその姓と名でもって認識する人たち。
身内の死を仕方なかったと割り切られた人々。
それが今、伊那と琴葉の前に居並んでいる人々である。
そのことを認識し、伊那は胸を締め付けられる。親しい人の死の感覚は伊那も知っている。なにせそれがきっかけで京極琴葉とは疎遠になってしまったのだから。
だから医局の伊那を辞めた途端、ただの薬袋伊那に戻った途端、彼らの今がとても自分事に思えてくる。
あの時、一色沙希将軍を助けられなかった時、精神を病んでここを離れていたのなら私はあの中にいたのだろうか。それとも自分のせいで死なせてしまったことに耐え切れず命を絶ってしまっただろうか。
そんな考えてもしょうがないことが伊那の頭に浮かんでくる。
目の前には遺族の人々、自分に用があるだろう京極琴葉、周りには同じ医局の人たちがいる。
良くも悪くも『死』というものに慣れているのか目立つような荒波は立っていない。が、現状に希望を見出している者もまたいないだろう。
身内が死んだことへの恨み言を呟き、叫び、吠える。
その言葉が心にささくれを作り出すのを伊那は感じる。
「私たちの邪魔をするな!」
落としていた刀を拾い上げ、琴葉は手入れされた鎌や鍬といった農具を手にした者たちを見渡す。手にしているものこそ立派なものだが、どうにもそれ以外はそうに見えない。鎌を持つ手も、鍬を持つ両腕も様になっていない。
「伊那!奴らを頼む」
思考、すぐに伊那は琴葉の言わんとしたことを理解する。
「皆さん!『陽の木』の神術の準備を!程度は考えず、全力で!」
そう言葉を発し、伊那自身も神術を構築する。目を開き、前を見る。顔は見えない。けれど、伊那は確信できる。今、琴葉は微笑みを浮かべている。どうしてか、それが分かる。
ずっと『話したい』と思っていたことが言葉を交わさずとも流れ込む。
夜闇の道にそっと提灯の灯りが燈るように、ぼんやりと、だが確実に開けていく。
大挙する暴徒。
それを抑え込むのはささやかな抵抗。そしてそれを上回るほどに圧倒的な包容である。
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「玄道様!ここにも荒れた民草が迫っているようです」
「奴らの目的が父と母である可能性は」
「零ではないかと」
「………全員、屋敷に入れ。中で奴らを全て撃滅する。一人たりとも逃がすな。奴らは国に仇なす反逆者である」




