三章#10 旧友
遠い過去、南方面の将軍京極琴葉は自分を取り立ててくれた一色沙希の後を継ぐ形で今の地位に就いた。
その後は首都近くに押し寄せる教徒を退け、蒼穹碧大将軍の発した攻勢計画に従い、南方面へと兵を進めた。その後、敵導士の力によって操られ、皇国に刃を向けてしまった。
そんな切腹ものもやらかしたが、碧大将軍との共同戦線とは言え、導士を多く討伐することができた。
特に呪愛世怨、灼瀧世怨といった導士は琴葉が単独で討伐することができた導士である。
そんな琴葉の胸中にあるのは今も昔も変わらない。
一色沙希将軍の跡を継ぐに足るような将軍に成れているかどうかである。
その点で琴葉には超えたとは謙虚さから言わないまでも比肩する将軍にはなることができたという自負がある。
一色沙希将軍への憧れ、憧憬をその胸に抱き琴葉は今日まで戦ってきた。沙希将軍の死は遠いものになり、その悲しみは残滓として残ってはいるが、既に乗り越えたもの。
と、そう思っていたのに。
どうしてか今になってその悲しみが濁流のように押し寄せる。助けられなかった、助からなかったことへの自分への、他者への怒りが湧いてくる。醜くて歪んでいる。そんなことは分かっている。沙希将軍ならば決して、絶対にこんなことはしないだろう。
けれど、琴葉は琴葉だ。琴葉の行動を沙希が抑えきれる道理はどこにもない。
「あなたよね?二年前、傷ついた沙希将軍を助けられなかったのは。薬袋伊那?」
「琴葉様………」
古馴染みを見るように、琴葉は伊那へと目を向ける。
琴葉と伊那。
二人は共に沙希将軍によって取り立てられた者たちだ。将軍として取り立ててもらった琴葉と、医局で重用してくれた伊那。二人は恩のある沙希将軍の為なら何でもするとでも言いそうな勢いだった。
そして、事件は起こる。
傷を負った沙希将軍を治療しようと伊那は早速神術を使う。
まず陽の木の神術で感覚を鈍らせ、簡単な外科手術をしてから本格的な治療を始める。全ては予定通りに進むはずだった。
少しの間違い。少しの掛け違い。
沙希将軍の傷は特殊だった。除くべき部分が硬化し、ここでできるような手術ではなかったのだ。
始めからなら間に合った。
傷の状況を見誤らず、始めから大掛かりな手術の準備を進めていれば、沙希将軍は今日も生きていただろう。
それが分かる。分かってしまうからこそ、琴葉は謝罪を受け取る気になれなかった。
確かに間に合った。それは確実だ。
けれど、それは結果論だ。
傷の容態が分かった今だからこそしておけばよかった処置も、取るべきだった処置も分かる。
ならそれが当時に分かったのか。
そう言われたなら、琴葉はきっと目を背けるだろう。
誰も悪くない。でも、黒い感情を抱いてしまうから。
琴葉はゆっくりとその足を進める。
「琴葉様、おやめください。沙希様はこのようなこと………」
「えぇ。望まないわ。でも、私は私。私の怒りを悔しさを本当に表すことができるのは私だけ。他の誰にだってできっこない」
「傷ついている方がいるんです!」
「すぐに死にはしないでしょう?」
「ですが!」
食い下がる伊那に琴葉は手に持った刀を捨てる。
ガランと音を立てて刀が床に横たわり、その刃が欠ける。害意は無いと、そう示す体に対して表情は穏やかでない。思わず後ずさるような圧を伴って琴葉はゆっくりと歩み寄る。
ガラガラと音を立てて医局の正面の扉が崩壊した。




