三章#8 この身を皇国に捧ぐ
資格、と目下に畏まる少年はそう言った。
先の皇の子ではあるが生まれてから間もなくして国の中枢から遠ざけられた碧としては分からないことも多い。
稗田いろはに関しても何らかの形で悟られぬように代替わりを繰り返しているのだろうとは考えていたもののその実態は闇の中。
そんな情報を口軽く話すのだから耳を傾けずにはいられない。無論、このように口の軽い人物を側に置けるわけもないのだが。絞れるだけの情報を出させた後のことを頭の片隅で考えつつ、碧はその少年へ問う。
「本居妹乃と言ったな。どうしてその者に資格があると?」
「幼少の折、見たことがあるのです。暗い地下で何人もの彼女たちを。忘れもしません。あれらが未来の私たち兄弟のつがいとなる女なのですから」
粟野太郎は万感を胸に目を閉じる。
暗い地下、感情の無い目でただ生かされ、選別されている彼女たち。自分も彼女たちもこの国の一部としてその生を捧げ、費やすのだ。そのことを認識すればするほど、粟野太郎は興奮する。一生を懸けたその栄誉を認識する度、絶頂する。
この身を皇国に捧げることができる。それだけで太郎は満たされていたのに、太郎は世継ぎから外された。長男にも拘らずその席は他の兄弟に奪われた。
全てを失ったという喪失感が太郎を支配する。あの興奮を超えるようなものを太郎は知らない。否、そんなものあってはならない。
家の継承を早々に諦め軍に入った五郎が正しい訳がない。正しくあってはならないのだ。
この国の一部として永遠を生きること以上の栄誉も、幸福も、興奮も、絶頂も、この世界に存在してはならない。それはこの国への裏切りも同然の行為だ。
だが、その甘美を味わう権利を太郎は剝奪された。
だから太郎は碧の元へと下った。無くなった可能性を取り戻すために粟野太郎は渡会家にやってきた本居妹乃を拉致したのだ。
それがまさかこんな形で活きるとは全くの予想外だったが、思い立ったが吉日とはよく言ったものだ。
「そうか。なら、その者を守ることに全力を尽くすがいい」
「はっ!!!」
私という存在の有用性を分かって頂けたようだ。やはり、大将軍ともなれば人を見る目が冴えていると言わざるを得ない。
下卑た笑みを隠しながら、粟野太郎は先を急ぐ。
更なる有用性を見せつけなければならないのだ。こんなところで売るような油は持ち合わせていない。
「待て。」
「なんだ?この私を呼び止めるんだ。相応の理由が………」
あるんだろうね、とそう続くはずだった言葉が喉で引っかかる。
口が動かない。
「妹乃を、どこにやった………答えろ」
骨にヒビが入りそうな力で肩を掴む望門が粟野太郎を呼び止める。




