三章#5 開幕
城下に見えるのは三千の大軍。その中には確かにこちらと同じ鎧装束が見える。認めたくはないが、南方面の軍が侵攻してきているというのは本当のようだ。
ただ、その誰もが自分の意思によるものではないと、翔賀はそう確信している。その確信が崩れるのならば、今日までこの国がもったのは奇跡という言葉ですらちっぽけな紙一重の偶然であろう。三千人もの面従腹背の輩を抱えて戦っていたなど正気の沙汰ではない。崩れるならもっと早くに崩壊していたはずだ。
城攻めが達成される時は主に二つ。
一つ目は衝車などの城門を破壊する攻城兵器による下から制圧される方向。
二つ目は井楼や梯子によって城壁の上の兵が撃たれ、下へ下へと制圧される方向。
普通ならばこの二つを警戒するのだが、今回に限っては三つ目の警戒が必要だ。
三つ目、それは内部からの決壊。疑惑ではあるが天頼慧林夫妻の内通疑惑が上がっている以上、これを警戒せずにはいられない。
もし、他にも内通者がいるならば外から通じた相手が攻め寄せているこの状況は絶好のチャンス以外の何物でもない。こちらは内を固めることができるような余裕がなく、内通者にしてみれば手薄な城門を一点突破で破壊するだけで内通者としての役目は十二分に果たすことができる。あぶり出しに用意したのかと思わせるほどに絶好の舞台だ。
生憎とこうならざるを得なかっただけなので実際にやられると冗談抜きで致命傷なのだが。
しかし、相手の致命傷ならそこは突くべきだ。紳士的の対極に位置するような戦争犯罪が裁かれない戦争ならば紳士協定などあるはずもない。致命傷を避けて正々堂々など正しくゴミに等しい心掛けである。
致命部分に毒でも塗りたくっていないならば食らいつくべき。
ただ、今回はありがたいことに相手にも致命傷がある。
それはこの軍勢を率いることに成功している要。敵の導士である。こちらの兵が操られている原因はほぼ確実に敵の導士の能力だ。ならば、そこを断つことができれば形勢は逆転する。こちらに囲まれた教徒側となり、状況は完全なる四面楚歌。そうなれば城内に気を配る余裕も出てくるだろう。
と、希望がありそうにあげつらってみたが、現実はそう甘くない。肝心の導士がどこにいるのかは法衣の色でわかるとしても、ならそこまで手が届くのかと。当たり前のように導士は敵陣の中腹、最も安全な場所で堂々と鎮座なさっている。
どの方面にも等しく肉壁が配された安全な部分。あそこをすぐさま穿てるかと言われればまず無理だ。
翔賀は早々に早期決着を諦める。それと同時に操られている兵の大小を問わない犠牲をも覚悟した。心苦しいがやらねばやられる。
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火蓋は切られた。
手先となった皇国の兵は教徒と共に空堀を渡り城壁へと攻め寄せる。
首都の城は長らく平城、防衛の拠点として運用されることはなかったらしい。だが、数年前、皇国の支配域の縮小に伴い、改築。今では立派な堅城だ。堀が掘られ、障害のなかった門までの道は跳ね橋が設えてある。城壁は高く、簡単には上がれないはずだ。
取り付く敵方を弓矢と神術で追い払う。これだけならば楽なのだが、城壁の上の兵目掛けて相手方の神術が放たれる。なにせ敵には蒼穹碧大将軍が率いたであろう神官の連中も参陣している。操られているクセに連携して神術を連鎖的に放ってくるのだから厄介極まりない。
だが、みんな頑張ってくれている。”まだ”、ではあるが、どこも突破されていない。
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運ばれる負傷者を医局にいる薬袋伊那は懸命に診ている。
手先の僅かな震えを抑え込みながら、伊那は目の前のことに務める。
伊那が診ているのは命からがらの者ではない。傷の大小はあれど、命に別条は無いと判断された者ばかりである。今はまだ大丈夫だ。
まだ人がいる。
だが、当たり前の話、傷が大きければ大きいほど。命に関わるようなものほど医局の者の消耗も比例して大きくなる。
今の状況が続くのならば、伊那の順番は必ず巡ってくる。
それを自覚した時、伊那の自信は泡沫のように消える。
目の前で命が失われる。それに自分は手が届かなかった。
それが強いトラウマとなって伊那の心に影を落とす。
だから、同じくらいの年の人が友人だろう人を失い、涙を流していた時、伊那は横目でそれを見ながら何もせずに去っていったのだ。
それがどうしても自らの過去に重なって見えてしまうから。
一色沙希様を助けられなかったあの時と重ねてしまうから。
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「どうだい?ここまでは予定通りかな?皇国の兵も教徒も、共に数が減っている。どうかな?蒼穹大将軍さま。我々にあの城を落とすことができると思うかな?」
どれだけ語り掛けても蒼穹大将軍は言葉を返さない。他と違って会話ができる程度に裏切らせたのだから返事の一つくらいは返してほしいものだ。
「すまないな。だが、勘違いをしてもらっては困る。私は裏切ってなどいない」
「はっはっはっ!そうだったね。でも、客観的に見ればあなたは完全に背反者だ。それをどう挽回するつもりかな?」
「背反に見える原因は貴様だろうに」
碧の言葉を受け、導士・背奈善継は不敵に笑む。
「それを含めて、私は見たい。あなたがここからどう挽回するのかを」
「そうか………。だが、それは」
「無理な話だ」
碧の手に白刃が煌めいた。




