三章#3 妹乃の行方
声が重なった。被るはずがないと思っていた言葉が重なった。お互いが『ここにいないなら向こうに………』と思っていた。そう思い込んでいた。
『妹乃はどこ行った?』
だからこそ、同じ言の葉が紡がれたとき、二人の間には驚きと確かな動揺が走った。
翔賀の目線では、妹乃は思い出せる程度前に世怨の資料を読むための中継ぎとして翔賀の下に訪ねてきた時に遡る。特段何かあるようには見えなかった。顔色が悪いということもない。至っていつも通りだった。
となると必然行って帰るその間に『なにか』があったか、巻き込まれたか。あるいはなにかやってしまったのか。当然、そう帰結する。
我を忘れたように望門は踵を返す。音を置き去りに、一目散に駆けていく。望門が戦いに身を投じたのは妹乃のためだ。その妹乃が行方不明ともなればこの焦りようも十二分に理解できるというもの。
合理を唱えるのならば、翔賀はここで望門を引き留めるべきだった。捜索など他の者でもできる。しかもここに来てもらったのは南からの侵攻について話したかったからだ。
一国の大事と妹一人。客観的に見ればその価値は月とスッポン。比べるまでもない隔絶の差が開いている。だが、そうだとしても身内を優先するのが、愚かでありながら美しい、『人』という生き物であろう。合理では理解できない情の観念は時として思わぬ結果すらもたらす。それが良いものだろうと悪いものだろうと、結果だけで語るのは不粋と言うものだ。
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望門は走った。脇目を振らず走った。奇異の目を向けられるならその目線が届く前に走り抜ければいい。
望門がまず向かったのは医務室だ。勢いそのままに入ってきた望門を伊那が出迎える。
「妹乃は?!」
「妹乃さん?妹乃さんがここに運ばれた記憶はありませんが………」
記録を確認しに奥へと入り、間もなく出てくる。
「やはり、妹乃さんはここにはいません。どうかしました?」
「いない……なら…!」
言葉も返さず、望門は再び駆けていく。
「望門!」
ようやく追いついた望門に翔賀と澄、恵は駆け寄る。
「焦る気持ちはわかるけど、今は……」
それどころじゃない。翔賀が言おうとしているのは正論だ。紛れもない正論だ。だが、同時に『正しい』だけの理論だ。だが、それでもと翔賀の口が開く前に望門の口が開く。
「翔賀、妹乃が行った所まで連れていってくれ。今すぐに」
有無を言わさぬような圧で翔賀に凄んでいる。
ここで頼みを聞けば望門はそちらの方にのめり込む。それは国の危機に直結する。ダメだ。これ以上は。
「望門……それ、」
「なら、わたしが一緒に付いて行きます!そしたら、翔賀さまが気にかかっていることも解決するでしょ?」
恵の思わぬ提案に頭がフリーズする。
確かに翔賀が一番警戒しているのは望門が妹乃を探しに行ったきり戻ってこないことだ。そうなれば東にいた部隊は数の揃っているだけの部隊となってしまうかもしれない。それを防ぐためにも望門は絶対に必要だ。
理論ではストッパー付でも許されないだろう。だが、情がそれを許す。
「望門、約束してくれ。そこにいなかったら、一度帰ってきてくれ」
残酷には違いない。だが、これが最大限の譲歩だとわかってほしい。
「………わかった。そっちもそれだけ大事なんだろ。約束する」
「恵も頼む」
「は~い!ちゃんと止めてみせます!!」
翔賀は妹乃の行った場所、渡会家への案内を作成し、望門に渡す。
軽い礼をし、大急ぎで望門は向かっていく。
「………行ってもいいんだぞ?」
「いい……澄はこっちにいる」
澄と接した時間はそんなに多くない。それこそ望門や妹乃と過ごした時間の方が遥かに長いはずだ。
けれど、澄は壁を作るように関わろうとしない。
原因は分かっている。
大久保勝だ。
今まで澄を引っ張っていただろう勝が死んでしまったことで他人との距離感が分からないのだろう。
友達の友達の感覚が近いだろうか。間の取り持ちがいなくなった時、その空気はじんわりと冷え込む。澄にとってはその取り持ちが勝だったのだ。
だからだろう、あの日、勝が死んだ日から見かける澄はいつもどこか暗い影を纏っている。
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「へ~渡会さまのお屋敷ってこんなところにあるんですね~!」
「来たことがないのか?」
付き人として望門の隣にいる少女、清岡恵は翔賀の部下に当たる。あそこなら一度くらいは来たことがありそうなものなのだが。新天地だからか、恵の瞳にはきらめきがある。今の、妹乃が行方不明となってしまった望門には決してないものだ。
「そーなんですよ~!翔賀さまはご自身で赴かれることがおーいので~!だから私、今、ちょっと楽しーんです!」
そうこうしているうちに望門と恵は渡会の屋敷へと到達した。
「ここに入れて貰いたい。これが許可証だ」
そう翔賀に用意してもらった紙を見せる。
すると、門番は一瞥する間もなく言い放った。
「何人たりとも入れるなとのご命令が出ております。従って、その申し出は拒否させて頂く。来た道を引き返してくだされ」
「は?」
望門の眼に呆然と怒りが宿った。




