二章#38 内通疑惑
望門らは導士・三日月棗との戦いを終え、帰還する。
一時の安らぎを求め帰還した一行を迎えたのは暖かな歓声……ではなく、異常を告げる首都の喧騒である。
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~少し遡り~
「は?」
翔賀は耳を疑う言葉を耳にした。
曰く、刑部を任されている公族である天頼慧林とその妻が達多教に通じていた可能性がある、と。
要はスパイだった、もしくはその可能性がある、ということである。
冗談では済まされない。現代日本であれば外患誘致罪、求刑は『死刑』の一択。死刑の廃止された国であっても最上級の犯罪だ。
だが、まだ可能性。そう、可能性である。
やった、という確信はない訳だ。はやる気持ちを抑えつつ、翔賀は天頼家の元へと向かう。
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天頼家の屋敷は広い。公族なのだから当たり前と言われればそうかもしれないが、とにかく広い。
そんな広い屋敷の今の主はスパイ疑惑をかけられた天頼慧林の息子である天頼玄道だ。
翔賀は一度だけこの人物に会ったことがある。それはこの世界に来てから少しの頃、翔賀の監視が正式に解かれる書類を持ってきた時である。
あの時の印象は一言で言えば『氷』だ。
酷く冷たく、温度がない。ただ冷静に、冷徹とも言っていいくらいに目の前の物事をこなそうとする。身長と微妙に高い声変わり前の声からは想像のできないほどに無感情な人間だった。
そうこう思い出している内に翔賀は玄道の前に通される。上座からは以前と同じような冷たい目線が降り注ぐ。
儀礼的な挨拶とやり取りを簡潔に済ませ、早々に本題へ。
「慧林様とその奥方が達多教に通じていたとは本当ですか」
「通じていた疑いがある。よって私の命で捕らえ、投獄した」
正しい。何も間違っていない。
刑部として、罪を裁く者として素晴らしいと喝采すらしよう。
迅速に犯罪者を逮捕、拘留し、被害の拡大を防ぐ。何も間違っていない正しい行いだ。
だが、何かがその認識を否定する。
理論ではない別の場所。人としての情としての部分が正しいという認識に否!と叫ぶ。
ようやく青年期に入るかどうかの少年が一切迷うことなく実の親を逮捕し、牢に繋いだのだ。
冷徹に過ぎる。人情に欠ける。
翔賀はそう思わないでいられない。
「………実のご両親を?」
「そうだ。私にはそれをする権利と義務がある。刑部として権利を行使し、義務を果たさぬのは怠慢だ」
正論だ。ただただ正論である。
そこに感情が挟まる余地など一切ない。言い放つ玄道の顔にも言葉にも、動揺や悲しみといった感情は全くない。
権利を行使し、義務を果たす。
いつもと変わらない一作業。毎日しているであろう断罪の一つ。
ただそれだけ。
それが翔賀には受け入れがたい。理解を拒む。
動揺の一つして見せろとそう言いたいぐらいだ。
「…思うところは何も無いのですか」
「思う?何を」
「情の…人情は無いのですか!」
視線が翔賀に集まる。
「私に感情など無い」
冷徹なクセにそういう部分は年相応らしい。そんな部分よりももっと重要なことがあるだろう。
続けざまに翔賀は質問をする。
「内通の証拠は?」
「これだ。教徒らの経典だ。疑うなら見てみよ」
そう見せられたのは蛇腹に折られた紙の束。
キリスト教なら聖書、イスラム教ならコーラン、達多教なら三蔵。
ならばあの紙の束は三蔵であろう。
お言葉に甘え見てみるとそれはこの世界に来る前、日本でも見たことのある文字の羅列である。
翔賀の母と祖母は達多教の熱心な信者だった。その影響もあり、家にはこういった物の類もあったし、翔賀もよく目にしていた。だからこそ、分かる。
これが紛れもなく達多教の三蔵であり、内通の疑いを掛けられるに足るものであると。
否応なく高まる内通の疑いとそれに伴う玄道の行いの正しさ。
それがなんとも言えず不気味で気持ち悪い。
「」
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街が内通の話題で溢れる中、粟野太郎は凱旋してきた部隊にいる長く黒い髪を持つ少女に目を奪われていた。
三章 内乱編




