二章#36 契約
もう終わりにしよう。時間の無駄だ。
何度も何度も、答えの変わらない問いも、それに答える時の緊張感も。もう終わりにしよう。
「今日で終わりだ!導士三日月棗をここで討伐する!」
「私にあなたたちを害するつもりはありません。どうか考え直してくださいませんか?」
返答として差し向けるのは言葉ではない。返すのは神術である。
「………っ!」
ーーー
迫る神術に対し、それぞれに有利な属性を当て、全てを相殺。世怨の力を解放したからこそなしえる荒業である。
「…八卦世怨様、導士、三日月棗にどうか力をお貸しください」
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絵画として飾れば色彩豊かで実に愉快だろう光景も当事者にしてみれば平然と死の闊歩する異常で平常。実に歪な空間である。
神術を打ち払い、つかの間の休息も得られぬまま刀が振るわれる。全てを捌いたころには神術の構築は終わり頃。ここだ!とばかりに一拍。【清算】の力を使い、構築中の神術を破壊する。連鎖が終わると思いきや、迫りくるのは炎の氾濫。神術ではない別の力によって発生した炎を展開した水でもって防ぎきる。
白い湯気が辺りを包み、視界が塞がれる。
あの炎はなんだろうか。構築した神術は有り得ない。なぜなら自ら破壊したのだから。
だが、促成の神術にしては強力にすぎる。常にあの威力の神術が使えるのなら今まで使わなかった道理が無いだろう。
「陰陽師、ですか……」
妖を使役する陰陽師ならば、神術の破壊にも影響を受けずに、それでいて強力な攻撃をしてきたことにも合点がいく。しかし、相手に陰陽師がいるのであれば打つ手は決まった。
陰陽師は特定の妖と契約を結ぶものだ。力を借りる代わりに契約者は相応の貢が要求される。ならば、【清算】の力でその契約を破壊すればいい。
白い湯気の向こう側、悠然と佇む黒い影。長い髪をなびかせているあの少女こそが陰陽師だろう。
三日月棗はそう確信して世怨の力を行使する。
(八卦世怨様、三日月棗の名をもって、陰陽師と妖との約を【清算】し給え)
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安倍澄は陰陽師としては落第もいいところである。
陰陽師は他の神術とは異なり、複数の属性を同時に、かつ満遍なく出力することが求められる。その出力の平均の高さがほとんどそのまま陰陽師としての個人の価値へと直結する。この点で安倍澄という人物を現代日本風に評するならば、赤点ギリギリの状態である。
辛うじて陰陽師ではあるものの、順位付けをするならば間違いなく最下位である。
だが、どうしてか安倍澄という人物は陰陽師であって陰陽師ではない。
その理由はただ一つ。
妖との契約をしていないからだ。
ならば安倍澄という人物は『ぬらりひょん』と何をしたのか。
「我をずっと澄の傍に留まらせよ。それが澄との『約束』だ」
ーーー
妖との契約の儀を済ませたその時から、安倍澄の側にはいつも『ぬらりひょん』がいた。
妖と意思疎通をするためには常に微弱な陰陽術を使い続ける必要がある。『ぬらりひょん』が澄とした『約束』は強いて言えば常に陰陽術を使い続けろという契約と言えようか。
常にと言われると大変にも思えるが、『ぬらりひょん』の格を考慮すれば、お釣りが貰える程の低い費用である。
一見は順風満帆だが、それは間違いである。
陰陽師として出来損ないの自分に『ぬらりひょん』という大妖怪が側にいる。
他の陰陽師の人たちはみんな私を嫌った。
誰だってそうだろう。自分より下に見ていた人間が、どういう訳か突然自分より上に成り上がるのだ。素直に賞賛できる方が不気味なくらいだ。
後ろ指をさされ続け、いつしか澄には『らりー』しかいなかった。
他の人からは見えない『らりー』との二人だけの世界。二人だけの生活。
澄にはそれが心地よかった。
誰を気にする必要もない。私には、澄には『らりー』がいてくれさえすれば、それでいい。
澄を除け者にする親族をすぐに抜き去り、澄にとっては『らりー』が一番の家族に思えた。
そんな折である。大久保勝と名乗るぶっきらぼうな少年と出会ったのは。




