二章#34 ただ円かれと
『アルキメデスの熱光線』という兵器がある。
紀元前の古代ギリシアの天才科学者であるアルキメデスがローマとの戦争に備えて開発したとされる兵器である。
巨大な鏡で太陽光を集光し、敵の船めがけて照射することで炎上させる。
そんな夢物語のような兵器は実用はともかくとして可能か不可能かと問われれば、『可能』である。
敵の導士が盲目なのであれば、”目”でしか得ることのできない情報を使って攻撃をしよう。そういった発想の元、この策を講じたのだが、いくつか問題があった。
一つ目が鏡である。日常的にバカデカい鏡を持ち歩くなんていう狂人がいるわけも無し。
しかしこの問題は神術が解決してくれた。
水面に映る富士山や平等院の写真なり画像なりを見たことのある人は多いだろう。水鏡と呼ばれるそれを水の神術によって凪いだ水面を作り出して再現することができた。
神術様様である。魔法とは便利なものだなぁとつくづく再認識させられる。
そして二つ目が光そのものである。日光には熱がある。日差しを浴びれば暖かさを感じるのだから当然だろう。問題になったのはその熱量である。並みの熱量ならば関係無いのだが、光を集める分どうしても大きな熱が集中する。その熱を感覚の鋭いあの導士なら察知するのではという懸念が生まれた。
その懸念点を解消するために行ったのが大規模な火の神術である。これにより太陽光の熱を隠しながら、光を集めることができるようになった。攻撃の誤認までさせることができればうれしい誤算だ。追加で一応の攻撃手段も用意できる。当たるとまでは思っていないが。
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反射した光が導士を照らす。多くが眩しいと目を逸らし、日焼けを避けようと急いで影に入ろうとするような光。ソレが世怨の力によって鋭い感覚を得た導士に突き刺さる。その瞬間敏感な反応を示すことが過敏へと姿を変えて当の導士へと牙を剝く。
清岡恵が数多の水鏡を作り出し、反射・集束させる。
集束された光が真峯阿唯の肌を焼く。多くの人は日焼けで済むだろうが、過敏症へと姿を変えた導士の力は皮肉なことに導士に確実な傷を植え付けた。
「いたい………いたいよぉ!おとーさん!!!」
素肌を衣服で隠すがそれで全てを覆うことができるほど真峯阿唯の体は小さくない。ぐずるように泣き、父親に助けを求める。言葉だけを聞けばかわいらしさもあるが、言っているのは微かにほうれい線が見える程度の大人である。
痛みに悶える導士に逃げる余裕などなかった。
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”くらい”。ただ”くらい”。なにもかもがわからない。”ひかり”も”やみ”もない”こくう”に真峯阿唯はいた。
あるのは”おと”とかすかな”かんしょく”だけ。
「阿唯、分かるかい?これがおとうさんの手だ。何も怖がらなくていい。阿唯の側にはずっとおとうさんがいるからね。大丈夫、おとうさんと阿唯は魂で繋がっている。どんなに離れていても飛角世怨様のおかげでずっとおとうさんは阿唯の側にいられるよ。例え死んで阿唯のことを覚えていなくても必ずもう一度阿唯と会う」
きこえる”ことば”は”あたたかく”、わずかに”つたわる”かんかくも”あたたかい”。なにもない”せかい”がすこしずつ”おとーさん”で”みちていく”。
阿唯の”そば”にはずっと”おとーさん”がいてくれる。そう”おもっていた”。
なのに、あるときから”おとーさん”がいなくなった。
(どこ?おとーさん。阿唯はここにいるよ?)
そのとき、阿唯は初めて真峯阿難を探した。ふらふらと覚束ない足取りで、何度も何度もこけながら、探した。痛みを感じることのできない阿唯に限界は感じられない。どれだけ傷が増えようと、どれだけ血が流れようと、阿唯は止まらない。止まるときは気を失った時か、死ぬ時だけだろう。
気付いた時には”せかい”があった。いままでなにも”かんじられなかった”せかいが”そこ”にある。
”せかい”はつめたかった。あのとき”かんじた”あたたかさはここには”なかった”。だんだんと”せかい”のつめたさに”なれ”、真峯阿唯は”どーし”とよばれるようになった。
そして真峯阿唯はようやくの再会を果たす。
おとーさんはもういちど阿唯のところにきてくれた。あのときの”やくそく”をちゃんとまもってくれた。
「おにーさんはおとーさんなんだね!みて、みてー!阿唯おっきくなったよー!」




