二章#31 北での戦い
「先ずハ某ガ出ヨウ。そなたらハ撤退ノ支援ヲ頼ミタイ」
「はっ!」
現在、翔賀率いる部隊は北部方面軍を率いる蘇我遮那将軍と共に北に展開している。西方で物部将軍に言われた通りになった形である。首都が国土の北にある上、平野の広がっている南方は自然と教徒が多く、西は険しい山のそびえる土地柄である。東から南へは大きな川が流れていることから相応の人口が住んでいることだろう。比較的手薄な北を早々に叩こうとするのは自然である。
戦力を集中させることができる状況を作り出すのは戦略の次元。その観点で言うなれば、傾向だと比較的敵の少ない西と北を早々に抑えるべきだろう。
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現れたのは萌黄色の法衣を纏い、目を完全に覆ってしまうように黒い布を巻きつけている女である。あれではまともに見えないだろう。
だが、自ら枷を背負うのは相応の理由があって然るべきというもの。そのことを他ならぬ蘇我遮那は人一倍理解している。今もこうして白い眼を数多向けられながらも将軍として皇国の為にこの身を尽くしているのだから。
「おにーさんはおとーさんなんだね!みて、みてー!阿唯おっきくなったよー!」
理解できない言の葉を導士は言い放つ。
「何ヲ言ってイル?」
「あれー?おとーさんいってたじゃん!『たましい』でつながっていればそれは”かぞく”なんだって!だから阿唯がんばったのー!おとーさんとおなじ飛角世怨さまなんだよー!ねー!ほめてよー!」
その場に座り込んで手足をバタバタさせる様は親に駄々をこねる幼女のソレ。
「でもそっか。そうだよね。”ぜんせ”のことは覚えてないんだもん。阿唯のことわかんないのもとうぜんだよね」
少し俯き、物悲しそうな声で導士は言った。魂の肉親と再開出来た喜びとその肉親が当然ながら自分を知らないことへの寂寥。
「でもね、阿唯はおとーさんといっしょにいたいの!だから、みーんな、しんじゃえ!!!」
一点の翳りも無い声で導士は言った。
「飛角世怨の名をもって!この真峯阿唯!やります!!!」
阿唯を光が包んでいく。青銅の薄い表皮を形成し、真峯阿唯は双剣を手に軽やかに舞う。
「進め!」
蘇我将軍方約百人、導士方約二十人。戦力の差とそこから推測できる結末は実に単純なものだろう。
両者の激突。
迫りくる刀の濁流を阿唯は先が見えているかのように避け続ける。
他の教徒が数の暴威に崩れる中、真峯阿唯は毅然と立っている。それも蘇我将軍側に被害を出して。
「阿唯はね、”め”がみえないけど、とっても”びんかん”なの!みんながうごかす”うで”、”しんぞう”のおと、”いき”をするおと。こんなに”おと”があったら”くび”がどこにあるかなんて”かんたん”だよね!」
丁寧な説明への返礼とばかりに振られる刀を阿唯は容易く受け止める。
「も~!阿唯は”びんかん”だっていったじゃん!”みんな”がうごいてできる”くうき”のながれがあれば、”みんな”がどこにいるのか、なにをしようとしているのかもわかるの!」
受け止めていた刀を払い、返す刀で切り伏せる。
また一人、死んだ。
「どーお?おとーさん?阿唯すごいでしょ!!!ほめて!!!」
遮那は言葉を発さない。これほどに精神的に幼い者が嬉々として人を殺す。蘇我遮那はそれに恐怖した結果、今、ここにいるのだ。目の前にいる娘を自称する人物は遮那が恐れた人物像そのものである。
「まだほめてくれないの?じゃあ阿唯の”おともだち”をしょうかいするね!」
取り出したのは小型の火縄銃。
その砲門を上空に向け、辺りに破裂音が鳴り響く。
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木の生い茂る高い丘、戦闘を観察できる程度の遠方に翔賀は戦車兵と共に控えている。
戦車と言えども当たり前だが近代戦争で用いられたメカメカしいアレではない。槍兵と弓兵が馬に曳かせた車に乗り込むのが古代の戦車である。
この世界での戦車とは弓兵の代わりに神官を乗せたものである。
相手がただの人間なれば勝ちの見える戦いでも相手が導士であるという一点でそれは疑わしいものになる。
異様な回避力で掻い潜る導士。間違いなくそこに導士としての力があるはずである。
そんなことを考えている最中、中空から破裂音が鳴り響く。
音とは戦においてとても重要なものだ。
ある時は全体への共通の合図として、ある時は全員の士気を高揚させる。
その二つだけでも戦いで音、音楽は利用するに足るものなのだ。
そんな”音”が鳴り響いた。
ただ一つの破裂音。
挟みこむように蘇我将軍に迫りくる人の波。
この様な時のために俺たちが今こうしているのだ。
「蘇我将軍をお守りしろ!奴らを撥ね退けるのだ!」
号令と共に進みだす戦車隊。人では遠く及ばない速度で突風のように吹き抜ける。
「あ!やっぱり”いた”!!!”みんな”も”でばん”だよー!!」
蘇我将軍に襲い掛かるのとはまた別の方面。蘇我将軍への伏兵の邪魔をさせないように、否、”このため”だけに配置されたような伏兵が現れる。
戦車の横腹を貫くような伏兵。
無視すれば良くて半壊。機動力では戦車が勝るが、問題は退路が断たれることにある。そして、発生しうる被害は許容し難いレベルのもの。必然、戦車隊は伏兵への対処を迫られる。
現れた教徒に対し、立て続けに神術を構築し、放つ。
奇襲とはいえ相手は歩兵である。その場限りの勝ち負けで判断するならば勝ったのは戦車である。
ならば全体では、どうか。
視線を上げた先に立っているのは僅かな兵と無傷の蘇我将軍。生じたのは負けに等しいほどの損害である。
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ようやくと合流した兵は最初の半分程度。歩兵ではなく戦車である点を考慮しても七割程度だろうか。看過できぬ程の被害を被ったのだ。
「くしゅっ!う~、さむい。阿唯、帰るね!おとーさんも”いっしょ”に帰ろー!」
日はまだ出ている。夕暮れと言うには日が高すぎる。
「某ノ帰るベキ場所ハ、ソコニハ無い!」
「だいじょうぶ!なくても阿唯がつくってあげるから!!」
会話の相手を考えなければ素晴らしいと、そう諸手をあげるほどに感動的な言葉。だが、この場におけるその言葉は独善な邪悪に塗れている。
阿唯のぼんやりイメージは『目隠し感度3000倍全身タイツロリババア』です




