二章#29 昔より立つとも知らぬ
曙留尼陀様は言っておられた。
虫という生き物は人間や犬のような骨はない代わりに体全体を外骨格と呼ばれる骨で包んでいると。
導士が青銅を纏う様は虫のそれと似通っている。
小生は他と同じ存在では満足できない。
曙留尼陀様に振り向いて頂きたい。
他とは違う、特別になりたい。
他と同じではそうなれない。
広めるのだ。曙留尼陀様の威光を。
小生はそのために生きているのだ。
艱難辛苦を乗り越え、決して挫けず、心の底から叫べばきっと受け入れてくれるはずだ。
これは『再起』の導き手の小生にしか出来ぬこと。
死ぬような目に遭っても、決して死んではならない。この世怨の力こそが小生の命綱。
致死を避け、それ以外の世怨の力を全て再生に費やせば、小生は決して倒れない。
心臓と首、そして第三の目。これさえ無事なら小生は決して死なないに違いない。
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外科手術で解決しない問題に薬なり、対症療法なりをするのが今日まで犠牲を生みながらも発展してきた医学というものである。
だが、何もそれは医学世界に収まる道筋ではない。
遠い異国を見れば北から侵入してくる匈奴に対し、秦の始皇帝は長城を繋ぎ、漢の高祖は戦を仕掛け、失敗するや漢は匈奴に物品を献上した。
始皇帝の長城は言うなれば対症療法、戦は外科手術、物品の献上は外交という名の内服薬である。
そして今回の『不死身』の導士は外科手術に気持ち悪いくらいに強い。というか死なないのだから強弱の次元にいるのかすら怪しい。
そんな相手にメスを取り出すのはお門違いというものだろう。
従って翔賀はメスを手放し鍼を持つ。趣向を変えてみようではないか。
そんな発想に基づき、火を起こし、立ち昇る煙を人力で導士へと産地直送。風を吹かせる神術は無いのかと頭を抱えたがなんとかなったので良しとしよう。
そうして翔賀は火攻めに見立てた一酸化炭素中毒を仕掛ける。化学のかの字も無いこの世界には酸素という概念こそ無いものの、存在はあるのだ。
ならば持てる化学技術は活用できる。
なぜ不死身なのかなどは気絶した後だ。
通気性の微塵も無いように改築した場所へと誘導し、辺りを燃えやすい物で囲み、丁寧に出入り口を封鎖。
念には念をと兵糧攻めの用意も手配済み。
これで耐え続けることができればいずれ勝てる状況の完成だ。兵糧攻めが効かないという緊急事態は想定から外すこととする。流石に人間としての、生物としての範疇は超えていないと信じるところだ。
かの豊臣秀吉公の鳥取城攻めでさえ多少の糧食はあったのだからそれよりも苛烈である。
ただ、なんともスッキリしない。
ゲームなどの主人公であれば何らかの力でも芽生えて欲しいこの良くもなんとも無い今日のこの日、私は遠くから戦地を見守っています。
勿論必要なことですよ?
最前線は危険などと言うならとっととここから去るべきですから。
敵を堂々と打ち破るでもなく、奇策で撃破するでもない。華の欠片も無い持久戦。
地味の一言でカタの着くこの戦法。
導士を誘引した場所の周りには持てる精一杯の人員を使って陣を構築した。
一般の兵糧攻めなら将兵が手柄を立てるような機会が少ないのだが、生憎と敵は導士。
お陰で手柄を立てる機会はあった。喜ばしいかと言われると首を捻るが。
こうして導士は斃れた。額の第三の目が消えているのが何よりの証拠である。
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「これは………」
攘夷将軍武田翔賀らが持ち帰った遺体。それを解剖する一人、薬袋伊那は思わず声を漏らした。
これほどまでに美しいものは見たことが無い。
赤々と輝く心臓、そのすぐ後ろに控える背骨。どれも絵として残して置きたい程に素晴らしいの一言に尽きる状態だ。
伊那は心臓にそっと手を当てる。当然ながら動かない。魂の行き先へと伊那は思いを巡らせる。




