二章#28 三日月薊
三日月薊なのかと。
導士東忍は私にそう問いかけた。
そしてその疑問の問いは正解だ。
「そうだ」
返答と同時に拘束していた気持ち悪い肘から生えた二本の腕が離される。
ジンジンとする痛みはあるが今はそれに気を取られている場合ではない。
「なんと!思いがけず同志と巡り合うとは!これも先達者様のお導き………感謝いたします。曙留尼陀様………」
「勝手に感慨に耽っけんじゃねぇ。アタシはお前の同志じゃねぇ」
「『清算』の導き手の方はいつも手酷いことをおっしゃる」
「それはババアのことだろうが。アタシは導き手なんかじゃねぇ!」
そう断じて違う。アタシをあんな勝手な奴と同じにされるなど吐き気がする。幼いアタシに都合を押し付け、今では態度を変えたように探しているらしいが、そんなこと程度で騙される訳がないだろう。自分の実の母親なのだからやり口は知っている。
表面だけに決まっているではないか。
「導き手では無くとも長きに渡る潜入の任。その功績は導き手に並ぶものであることは明白!是非とも同志として導き手と呼ばせて頂きたい!」
「は?何言ってんだ?アタシはそんなこと………」
していない。一度もしていない。そもそも連絡手段などありはしない。遠隔で話せる神術などあれば一人の忍びとしては喉から手が出るほどに欲しいのだが。
「…何はともあれ、あなたが同志と分かった以上、小生はあなたを害する理由も無い。ですが、あなたがここから戻れば信仰心の無い憐れな者共はさぞかしあなたを疑うことでしょう。嘆かわしい。あなたに道はあるのですか?」
ないでしょう、と。ニヤニヤとした気味の悪い表情で言外に言わんとするソレは的外れも甚だしい。アタシの危機なんて想定に入れたくないが、想定の内。使いたく無いと本気で思っているこの肩の入れ墨が暴かれるのも、想定の内。
それもあってアタシはこんなところに一人でいるのだ。
そして、アタシは単独が苦手なのだから、正面から戦うなど金をたらふく積まれてもお断りだ。
つまり、ここから逃げ出すところまでがアタシの仕事。ならば最後までやり遂げなければならない。
「お前、言ったよな。アタシが『清算』の導き手だって」
「えぇ。なにせあなたは同志三日月棗導士の一人娘ですから」
「なら覚えとけ。アタシの『清算』は高くつくってな!」
コソコソと構築した破壊の力を限界まで遠ざけてから解放する。
爆発の轟音は辺りに響き、それが作戦の第三段階開始の合図となる。
第一段階、可能であれば導士の討滅。不可能ならばここ、土製の補給置き場への誘引。
第二段階、誘引地点の完全包囲、及び退路の封鎖。
そして第三段階、爆発を合図にした討伐開始。
翔賀曰く『殺せはしない』らしいが無力化はできるらしい。
どうしようもなく手を焼いていたところだったのだからそれでも十分。
「同志三日月薊!どこへ行こうと!」
「アタシはアタシにとって都合の良い方に戻る。だから今はお前らの敵だ。わざわざ出張って殺すより、出てきた奴を殺す方が暇が少なくてアタシ好みだからな!!」
三日月薊は結月梓として地を駆ける。咄嗟で反応のできない東忍を置き去りに。
正義?信仰?道徳?
どれもこれも馬鹿らしい。アタシは人を殺したい。人殺し一つでアタシが救われるなら十分な割だ。殺す人も問わない。
皇国は踏み絵のように身内殺しをさせるが、長年の敵のクセに教徒のことを何も分かっていない。教徒が普段身内殺しをしないのはそうすることで上限が迫り、“本来の役目“に支障が出ることを理解しているからだ。肝心の今の先達者はソレを理解していないようだが。
だが、アタシにはそんなこと関係ない。
既に言わば破戒僧となった身。好きにさせてもらおう。
合図と共に周囲に置かれた枯れ草、木材へと火が降り注ぐ。




