二章#20 なにを悩むのか
「本当に才能だけは抜群だな………」
龍となった不俱戴天の相方に地上に置き去りにされた男、高丘瑞希は空で舞う高丘瑞希へとそう言葉をこぼした。
至極真面目な一般人である自分にとって『私は龍だ』、などという自己認識は気狂いで収まる範疇にない。どうかしていると、頭がおかしいと、突飛に過ぎると。
光景を見るたびに考えるのなんてやめてしまおうと本気で思える代物である。
だから思考を放棄する。上のことは棚上げにして目の前の非教徒へとその意識を向けよう。派手さのひとかけらも無い、面白みのない、地味な手段をもって、目の前を殲滅しよう。
「『私はお前の後ろにいる』」
そう信じよう。そうすれば私は世怨のご利益でもって『そこ』へと行ける。否、『元々そこにいたのだ』。
振り返れば背中が見える。ならば簡単だ。人間という生き物は背面に対して何もできない。体を回すという面倒で隙を晒し放題の方法でしか一人では対処できない。
だから振るおう、この剣を。
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血が舞い、人が斃れる。戦場において普遍とも言えるその現象が、突如として巻き起こる。
彼方に『いた』人物が今、目の前に『いる』。
動揺は隠せない。だが、取り繕う。驚きで目を見開き、声が漏れそうなら口を閉ざそう。体が硬直し、手にした刀を落としそうなら固まった体で刀を握ろう。
啞然とするなら、啞然としたままで敵をこの目に焼き付けよう。奴が我らが戦友の仇であるのだから。
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一般人の高丘瑞希にとってその反応は嫌なものだった。
動揺こそすれ誰一人として失態をやらかさない。人が常軌を逸した力でもって人を殺したのだ。悲鳴の一つ、狼狽の吐息の一つくらいは漏らしてほしいものだ。自分ならばやらかす。その自信がある。
狼狽し、声を漏らし、音を立てて武器を落とす。下手を打てば失禁も……とは考えたくないものだ。
そしてそんな一般人は思考の果てに至る。
みんなみんな、そろいもそろって狂っている。
狂人の相手は苦手だ。こちらの想定に収まらないことを本能でやってくる。
だが、それに対して自身の取れる手管のなんと少ないことか。
地味に、地道に一人ずつ。いつかいなくなるならば、地道にこなしていこう。
念じては背後に、斬りかかられれば刀の届かぬ後方へ。『いる』と、そう念じ、導士は戦場を攪乱する。ほどほどに血潮を浴びながら。
いやはや単純とは素晴らしい。同じことを繰り返し、順調に数が減る。
そんな真面目な一般人の耳に咆哮にも思える悲鳴が聞こえる。
「矢で目をやられた、なら矢が危ないと『思う』のも自然か」
こうなった女の高丘瑞希は弱い。予想外に対する恐怖が押し寄せて無駄なことばかりを考えてしまう。
矢が痛い、なら刀で斬られてしまったら。あれ?そう言えばどうやって空を飛んでいるの?と。
思考を捨てて自分の思い描いていたものから現実の世界へと強制的に引き戻される。
あんな巨体で空なんて飛べるわけが無い。傷を負えば血が流れる。
そんな当たり前の世界へと意識が引きずられる。
龍は空から墜ちる。姿形こそ龍のソレ。だが、実態は恐怖に支配され、蛇にも劣る。
自分が最強だと思えている限り、才能の塊である高丘瑞希は絶対に負けない。なぜなら『負けない』からだ。『負けない』存在だから『負けない』。ただそれだけの単純に過ぎる理論。
どれだけ『負けない』存在でも目が無ければ見えないし、足が無ければ歩けない。物理法則には逆らえない。そして今、彼女はその物理に敗北した。
『負けない』という絶対思考が容易く揺らぐ。
その状況を一般人の高丘瑞希は冷静に見つめる。
『勝てない』と。
そして、気が確かな一般人だからこそ、死にたくないと生きたいと思うのは自然の理である。
「『私はここにはいなかった』」
これは味方を見捨てたのか?否、殿を不俱戴天の相方に任せた戦略的撤退である。
そう一般人である高丘瑞希は『思う』。




