二章#19 『我思う、故に我あり』
『我思う、故に我あり』
フランスの哲学者、デカルトが放った至言である。
全ての存在は疑うことができても、それを意識している、考えている自分自身の存在だけは確実であると。
いと素晴らしき哲学思想であろう。
ここでの我とは言うまでもないが頭脳の発達した人類、即ちホモサピエンスである自分のことである。だが、それはこれに至ったデカルトが人間であるからこそ我=人間なのだ。
もし、自己意識が人間に留まらない者がこの思想に至ればどうなるだろう。増して、その人が純然たる人間の肉体を持たざる者であったなら?
その者はきっと知る限りの万物に化けられることだろう。
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心臓を逆なでするようなわざとらしい泣き声を上げた後、そこに現れたのは天にも昇らんとする白い鱗で覆われた龍である。噓だと思うだろうか。だがそれはその時、その場にいた万人が抱いた思いと同一で既に売り切れてしまっている。是非とも別の反応を期待したい。
高所から戦場を見下ろしていた翔賀と龍の視線が交差する。堪らないとばかりに後退りを始める翔賀。当然だろう。自分の背丈ほどもある口が開かれ、白い牙が輝いているのだ。生存本能が悲鳴を上げるのが人間という生き物だろう。
爪牙を振るえば、易々と地盤を穿ち抜く。その様は正しく人知の及ばない伝説的な存在であることの裏付けである。この時代では抗いようもない高空からの一撃離脱。やるのは兎も角、やられるのは絶対に嫌だと万人が答えそうな状況。
龍となった女導士は殺戮を楽しむように舞い降りては去っていく。
幸いなのは降りてくることである。たとえ一瞬でも反撃の機会があるのをこの場では嚙み締めねばなるまい。
そして幸い、ここにいるのは熟練の皆様方である。
「目を狙え!視界を潰してやれ!」
「アハハ!龍なんだから空も飛べるし、矢だって効くはずないじゃない!」
勇ましく指示を飛ばす将軍。それに果敢に結果でもって答えようとする兵士もいるのだから素晴らしいことこの上ない。
鮮やかな神術で作られた矢に混じってもはや珍しいとまで思ってしまう普通の矢が混じっている。鱗に弾かれる物もあるが、数に物を言わせたその攻撃は龍の眼へと突き刺さり、その視界を闇へと誘う。
龍から出ているとは思えないような甲高い女性の悲鳴が長大な龍の体躯をもって発される。それは人からすれば咆哮とも、息吹とも大した変わりはない。
明らかな異変が生じた。鱗に弾かれていた矢がその長大な体に深々と突き刺さっているのだ。丁寧に血潮まで流し、龍となった高丘瑞希という名前の女導士は空を舞う。
「なぜ突然効いたのかは分からぬが………矢を放て!我等で仕留めるのだ!!」




