二章#17 昔の記憶
武田翔賀は一点を除けばごく一般的な家庭に生まれた人間である。父親の武田正人と母親の武田咲良、祖母の筒井梅がいて、兄弟姉妹はいない一人っ子。驚くほど金がある訳でも無いが、たまの贅沢ができる程度には金があった。高度経済成長期における中流階級を体現したような家庭である。
そんな家庭における一般的でない一点とは何か。
それは、熱心に達多教を信仰する一家だったという点である。
早とちりをしないでほしいのだが、『達多教』という宗教は非常に広く親しまれている宗教である。『嫌っている』、という一点だけなら翔賀が異常と言ってもいいほどに日常生活、国文化にも染みついた大衆宗教である。
決して嬉々として殺人をやらかすことも無ければ、壺を売りつけたり、とんでもない値段のお布施を要求することもない。もちろんのこと、サイコキネシス経験と銘打って麻薬を服用させるなんてこともない。
言ってしまえば、極々『普通の』宗教である。
なればどうして翔賀は『こう』なったのか。それは幼少の折の一件に起因する。
翔賀が二歳のころ翔賀の祖父は死んだ。その葬式とそれに付随する様々な式の中での出来事である。
何が書いてあるのか、なんと書いてあるのかすら分からない書物をパッと渡され、『一緒に唱えようね』、と光の無い眼でこちらに訴えるのだ。ほど長い髪が差し込む光を遮断し、出来上がるのは『母親』であるはずの人と一対一の空間である。しようね、というありがちな勧誘の表現が遠回りな脅迫に聞こえるのだ。
幼少の特権だと泣き叫んでしまえばどんなことをされるのだと、怖くて堪らなかった。
この頃だろう。翔賀は豹変する母親が怖くなってしまった。
そして決定的なのは法事の際のものである。
母親は、お義父さんが極楽に行けるように拝んであげて、と言ったのだ。
今聞けばさして何も思わないが、少なくとも当時はその薄情さに嫌になったのだ。
どうして行けるかどうかわからないんだ、と。仏とやらの薄情を恨んだのだ。
そして年月の経過とともに母の豹変はその影を全く見せなくなった。理由は分からないが、良かったと胸を撫で下ろしたのだ。
そんな昔話が鮮明に思い出せるのも西へと向かう中で、脅威という脅威が確認されていないからだろう。この年齢になって幼少の頃を覚えている自分に少々驚きつつ、一行は待ち合わせの場所へと大量の物資と共にたどり着くことができた。
「任務ご苦労。長い旅路だったろう。今夜はゆっくりと休むがいい」
そう翔賀らを労うのは西方を任された物部泰武将軍、その人である。




