二章#15 『渡会史礼』
ー曰く、彼は秀才だった。
一を聞いて十を知るとはよく言ったもの。だが、その難しさは言うに及ばない。
一度言えば、教えさえすれば、乱雑な糸の束から真実の一本を手繰るように次が導かれる。そのなんと心地良いことか。
だからこそ、その頭脳をもってすれば、停滞して長い達多教の研究も進むのではないかと期待した。
ー曰く、彼は天才だった。
彼は神術を基礎から理解し得た。
『火』が『破壊』と『熱』を、『水』が『浸食』と『治癒』を、『木』が『腐食』と『安心』を、『金』が『溶解』と『精製』を、『土』が『死操』と『豊穣』を、元となる性質、そこから紡ぎだされる現象がどう作用するかを理解した。
誰かが言った。この子は素質だけならこの国で一番だ、と。
ー曰く、彼は悟った。
成人を間近にして、彼は悟った。達多教の研究に意味はない、と。
少なすぎる情報、記録に残る限り会話の余地のない導士や説者たち。考えるだけ無駄なのだ。
同じ言葉を話しているからと言って話し合いはできない。まず必要なのはお互いの価値観への理解とどこまで許容するかの線引きである。それも膨大な量の。
だが、価値観の理解と許容は不可能だ。誰が命を狙う輩に背を預けることができるのか、預けようとおもうのだろうか。そんな人間は一人もいないに違いない。いるとすれば弩級のお人よしくらいだろう。それも身を滅ぼすようなお人よしである。
ー曰く、彼は縋った。
情報とは間に人を挟めば挟むだけ質が落ちやすい。ならば自らの手で情報を得に行けばよい。
一縷の望みだ。記録にある達多教の人々が例外なのではないかと。脳の片隅で思いたかった。事実この国には元達多教の蘇我将軍がいるのだ。勇猛で讃えられるその将軍がいる以上、他にもいたっておかしくはないだろう。
だが、いや、やはり、と言うべきだろう。そんな望みは粉々に砕け散った。思い至っても考えないようにしていた。が、やはり蘇我将軍がおかしいのだ。他の達多教徒は記録通り、いや、記録よりもろくでもない。
昔話として語られた話の数々。それはどれも知らないお話。
「お時間を取らせましたね。お付き合いいただきありがとうございました」
そう頭を下げる渡会美佳に合わせて翔賀も一礼。
「それでは、失礼」
畳から少し痺れた足に鞭を打って立ち上がり、部屋を出る。
「そういえば、先生が言っていた大久保勝は誰なんでしょう?」
ー曰く、彼は怒った。
この国の達多教に関する情報は欠落している。それも恐らくは人為的にだ。
どの方面を調べようと結論には行きつかない。当然だろう。手繰る糸が切断されているのだから。
川を渡るための船という概念はあるのにその船が分からないように。
記録はある。が、統計が大半。その方面以外行けなくしているかのよう。何とも息苦しい檻だ。国を挙げて民を保護する振りをした牢獄だ。
これで研究をしろだと?ふざけるな。




