二章#12 悪人正機
緋色の法衣に身を包んだ尼僧。それを導士は先達者・曙留尼陀と呼んだ。
先達者とは、達多教の最高位の存在である。キリスト教でいう教皇のような存在。それが先達者である。つまりは敵の首領、ラスボスだ。
側に控える上裸の男が放つ威圧感も手伝って彼女の存在は完全にこの場を支配している。登山でもするかのような一本の長い長い杖を手に尼僧は静かにそこにいる。
「和導士?どうか答えてはくださいませんか?どうして【証明】の世怨の導き手として選ばれた貴方様が、このような使命に悖る行いを為すのか。未だ修行の足りぬ未熟な私めにご教授願いたく思います。よもや、その力を己が煩悩の為に行使してはいないでしょうから」
そう尼僧、曙留尼陀は和導士をにらみつける。質問の答えなど求めていない。逃げ道を塞ぐための方言に過ぎない。
蛇が獲物を絞め殺すように、先達者の毒牙が喉に掛かる。
「導士となるも煩悩に囚われるとは。ですが、お優しい夢莱様は貴方様のような方こそを救うのかも知れませんね。『悪人正機』、悪い者こそを、仏様は救ってくださる。あぁ、今こそ感謝を申し上げねば……」
そう涙を流してその場に蹲り、手を合わせ、ジャラジャラと数珠の音を鳴らす。
違う。
『悪人正機』はそんな意味ではない。あの言葉は反語である。
悪人が救われるのではない。悪人でも救われるのだから、善人が救われないはずはないという意味の言葉である。救われるのだから堕落していいとか、どれだけ腐ってもいいであるとかでは断じてない。
意味をまったく履き違えている。
「先達者ってことはてめぇが頭だな?!!殺してやる!!!」
隙ありとばかりに斬りかかる史礼。
振り下ろされる刃を上裸の男が手にしている錫杖で受け止める。
「随分と元気な方ですね。お名前を伺っても?」
「オレは渡会史礼だ!!冥土の土産にはちょうどいいだろ!!!」
「ありがとうございます。これで私は貴方を救うことができます」
「は?」
「夢莱様、この煩悩に囚われた哀れな渡会史礼をお救い下さい」
強い白光が視界を包む。
靄がかかったような視界が開ける。涙を流す先達者と、毅然と立つ上裸の男。その足元、力なく史礼は固まっている。
「お好きなだけ、極楽をお楽しみください。時間など貴方の気にすることではございません」
勝手にほざく教徒の首領。奴が史礼に、勝に何かしたのは明白である。
「それでは、和導士。貴方も極楽の過ごしを楽しみなさい。時を気にすることなくいつまでも」
再び瞬く鮮烈な光。導士は同じように崩れ落ちる。
「では盤執罰官、お願い申し上げます」
一瞥もせず、尼僧は言う。
上裸の男が手にした錫杖を鳴らす。シャンという音と共に二人は消えた。
「勝!」
声に対する反応も無い。駆け寄り、触れるも反応なし。
当たり前だ。
なぜなら、心臓が止まっているのだから。




