二章#9 渡会
渡会史礼、そう名乗った男は紛れもない大久保勝の姿で、声でそう言った。
「あ?何をとぼけてんだ?」
暴力的な態度で場を支配するその男に勝の面影は感じられない。
勝は態度こそ悪いが他を無視して突き進むようなヤツではなかった。照れ臭さを隠すように強い語気を使うような人間だった。
けれどこの史礼という男は違う。他を抑圧し、威圧するために強い語気を使っている。異なる意見を許さないような、そんな幼稚さを孕んだ語気である。
これでは会議にならない。話し合いとは双方に意見を酌み交わす寛容性がなければならない。そうした意見の推敲の末に結論を出すのだ。そういった場において他を許さない気概は大迷惑なノイズであり、不要としか言えない。議論が打ち止めを食らってしまう。
そんな面倒だなと思うと同時に翔賀は『渡会』という苗字に合点がいった。
初めて従軍した後のことである。共存なんて無理だと吐き捨てた勝には謎の自信があった。それが今、『渡会』という姓を耳にしたことで氷解した。
なにせ恐らくこの国で最も達多教に詳しいであろう一族の者だったのだ。自信があるのもさもありなん。
だが、議論の膠着を生むのはナンセンスであろう。
「一旦休もうか」
そう遠回しな渡会史礼追放宣言をし、話し合いは中断。この隙にと翔賀は自分の役職を全力で活用する。
自分の役職、それは中央軍に配属された将軍であり、様々なお貴族様とのコネクションを持っている。世怨に関する記録の提供という点で渡会家ともそれはある。
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「渡会美佳様はいらっしゃいますか?」
「少々お待ちを」
最低限度だけ舗装された古い屋敷。この家の余裕の無さがありありと見えてくる。
「こちらに」
招かれるままに翔賀は屋敷へと入る。いつもお世話になっている資料室を通り過ぎ、和室へと案内される。
「武田翔賀にございます。此度は美佳様にお聞きしたいことが」
「はい、何でしょうか?」
色褪せた脇息に肘を置いた勝と同じ長い黒髪の女性。彼女が渡会美佳である。
「渡会史礼という名前に心当たりはありますでしょうか?」
「ええ。私の愚息の名前です。いなくなってしまってからもう五年ほどでしょうか。消息も掴めず、今は落ち着いていますが、その時はもう……。それで、愚息が何か?」
そう美佳は顔を伏せる。母親として気がかりなのは当然であろう。
「渡会史礼を名乗る人物がいるのならば、どうです?」
翔賀の言葉に美佳は僅かに硬直、その後身を乗り出して発言した。
「是非お会いしたいと、思います」




