二章#7 我はここにいる
目の前に漆黒が迫る。
そしてその漆黒が翔賀らをすり抜けていった。これで常に質量を持っているわけではないのは確実。物量作戦の兆しが見えた。
このまま翔賀は導士への攻撃へと移る。忘れてはいけない。この作戦には伏兵ができるかどうかの確認も含まれているのだ。
そうして前方にいるはずの和という導士を目掛け
いない、いや、いる。
正反対の思考が脳を過る。確かにあの筋肉質の導士はそこにいる。いや”ある”。
ちょうど自分たちをすり抜けていった幻と同じ色彩を持った奴が確かにそこに”ある”。
ならコピー元はどこに?
その答えに翔賀は望門の声をもって知る。
「勝!”後ろ”だ!!!」
勝の後方、一歩の間もないそこに導士は”いた”。
振り向きざま、導士に拳が勝の肩へと突き刺さる。
走り抜ける衝撃。響く打撃音。
人間が出してはいけない音を容赦なく戦域に轟かせ、勝は衝撃を受けた方向に吹っ飛んでいく。
勝はうつぶせの体勢のまま動かない。
「いつまであの劣弱を見ている!!」
耳の裏から声が聞こえる。疑う余地もない、あの導士の声である。
目と同じ高さに導士の足が映り込む。必殺の蹴撃が間近に迫る。
蹴りは頭部、ではなく上半身を盾に構うことなく走り去る。衝撃が盾を伝って直に腕へと響く。翔賀の腕は無事に機能不全。腕だけで済んでいるかも怪しい。肋骨の数本くらいはイカレているかもしれない。
手ごたえを確認するかのように導士は足を持ち上げる。
「澄!撤退する!!二人を頼む!」
「指揮官は忙しいな!!」
近くに聞こえる導士の声。おかしいなぜなら導士は翔賀がいた所に今もいるのだ。
「どこを見ている!我はここだ!我を見よ!!我を刻め!!我をその目に焼き付けよ!!」
色が戻る。
翔賀の近くの幻が色を失い白と黒へと回帰する。
そして望門の近くの幻へと色が宿る。
短く整えられた髪に赤が、日に焼けた褐色が頭頂部から徐々に、少しずつ色を取り戻す。
「劣弱よ、我を存在を証明せよ。我がこの戦域に存在したと、その目に刻み込め」
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「生きてる……」
死を覚悟した。いや、死を確信した、が正しい。
戦場の真ん中で痛みから気絶したのだ。死んだと思われたか、見逃されたか、どちらかは分からないが、翔賀は今生きている。
腕から走る激烈な痛みが何よりの証明である。
「起きましたか」
赤く輝く瞳と茜色の髪、薬袋伊那である。
「同じ部隊の方がお呼びです。貴方は安静こそ必要ですが、ここにいる必要はありません」
「貴方は?勝は?」
「彼は……」
言いにくそうに淀んだ後、伊那は紡ぐ。
「脳震盪でしょう。意識が戻っていません」




