一章#35 出で入る波間の月 弐
安倍澄が単騎で挑み、世怨を引き出す。その後、攻勢を仕掛け討伐する。
最初に作戦の概要を聞かされた時はハテナが止まらなかった。奇襲で戦力が削られていたとはいえ、導士相手に手も足も出なかったのだ。それを単騎でと言い出したのだから戸惑うのも仕方ない。
不安は嵩む一方だった訳だがその不安はすぐに霧散した。眼前で踊る炎に得体の知れない足音。誰も動揺してないのを見て自分がおかしいのかと聞いたところ、「原因を知ってるから、驚きはしない」と返された。
ただ目線的に見えてはいないようである。じっと回避行動をとる導士だけを見ているのだから。見えているならもっと目線を躍らせろ、と翔賀は思う。
澄の戦いはゲームで言うチートを考えて頂ければいいだろうか。圧倒的な広範囲攻撃に加え、不可視の攻撃が戦場で飛び交っている。まず陰陽術を弄して呼び出している妖がどれもこれも詳しくなくても聞いたことのあるようなネームドばかり。
犬猫の感覚で『九尾』を呼び出し、執事やメイドの感覚で『酒吞童子』と『茨木童子』を呼び出しているのだから相手としては号泣ものだろう。
相手にしたくないとはこういうことを言うのだろうと翔賀は強く感じる。
救いという名の欠点は燃費の悪さだろうか。どうやら体力の消耗が尋常でないらしい。詳細を聴きながら万能チートなどあってたまるかという現代のゲーム脳が顔をのぞかせたのを覚えている。
さて、感慨にふけっている場合ではない。閃光が瞬いた。これからは自分たちの出番である。澄が引き出した世怨を打ち倒さねばならない。澄の奮闘に応えるのだ。
足音が静まり、一時の静寂。喚声と共に導士へ向かって猛進する。狙うは額に開いている第三の眼である。
「ちょっとだけ月が出てきてくれたかも」
突撃の第一波を水の神術で起こした水流で押し流し、引いた波を再度球状にまとめ上げる。
「物事はすべて流れ、流れが無ければ結果は得られないし、意味はない。だから流れがある時に全力を出す。それが効率ってものでしょ?」
頭上に水球をたたえ、小ばかにするような口調で波多 汐は言い放った。




