一章#34 出で入る波間の月 壱
「馬谷様、死んでこいっていう命ならそう言ってください。こんなに月が出ないのは初めてのこと。なんでなのかなぁ?」
一帯に広がる不可思議を見つめて導士波多 汐は呟いた。何も無い、が何かがある。そう断言できる不思議空間。理由不明の圧迫感がひしひしと感じられる。
前方に広がっている国軍。その中から一人が突出する。攻撃を繰り出すことはできる。が、月が出ていない。こんなところで消耗するのは無駄であり、愚の骨頂だ。静かな長い白髪の少女の行進をそのままに二人は見つめ合う。
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(ーーーーーっ、ふぅーーー)
深く息を吸込み、吐き出す。『澄』はこれから『澄』ではなくなる。どれだけ回数を重ねようと自分が消えるのは相応に怖い。元に戻ると分かっていても怖いものは怖いのだ。その恐怖を持ち前の臆病さが後を押す。
でも、自分にできるのはこれぐらいなのだ。数えるのを諦めた意を決し、目を瞑り、安倍澄は口を開く。
「『ぬらりひょん』、お願いします」
開かれた瞳が白から金へと変わる。
「妖の大将『ぬらりひょん』、『澄』の身をもって、誅を下す」
「『九尾』、『酒吞童子』、『茨木童子』」
腕を広げ、振るう。振った軌道に沿って煉獄が走り、焼き尽くす。続けざまに地鳴りが響き、導士を滅さんと巨大な足跡が導士に迫る。
足音と足跡、『何か』の威圧感を頼りに波多導士は身をくねらせ、攻撃を躱す。が不可視の攻撃を躱し続けることができるほど、導士は卓越ではない。
足を目掛けた横薙ぎの圧が導士へと迫り、避けきれないと悟った導士の額が輝く。金属を討つ音が豪快に響き、合図なのか喚声が押し寄せる。
「う………………」
瞳の金が失せ、元の白い瞳に光が灯る。極限の疲労感と共に座り込み、倒れる体を大久保勝が支えた。
「お疲れ、後はみんなに任せよう」
「……うん、そうする……」
澄は気絶するように眠りについた。
「ありがとう。澄」
体に澄の軽い体重を感じながら、勝はそっと澄の髪を撫でる。
「苦手な陰陽術をいっつも頑張ってくれて」
勝は澄を持ち上げ、下がる。これ以上戦いに巻き込ませてはいけない。澄は十分に役目を果たしてくれた。休ませなければいけない。
 




