一章#32 陰陽師
「私は安倍澄。陰陽師」
白い髪の小柄な少女は短くそう答えた。
「説明は後。急いで。澄たちも手負い。早くしないと勝が手遅れになる」
促されるままに撤退する。幸いに導士との戦闘で人命の犠牲は出なかった。
「さっきはありがとう。で、色々聞きたいことが……」
「勝が寝ていたのは三十三番にやられたから。でもあの程度のやけどなら跡も残らない」
いや、まぁ気にはなっていた。戦からの帰還で万全でないのは明らかだったのだから気にはなる。だけれどもそこじゃない。
憎い三十三番のことも煮凝りくらいにとどめおこう。
「あの車は?あと煙」
「車は『火車』。便利でしょ?煙は『えんちゃん』のおかげ」
「『火車』はまぁ、いいか。『えんちゃん』?」
恥ずかしながら日本の妖怪の類には造形が深くない。『火車』という名前くらいは聞いたことがあるが、(車なんだろうなぁ)という程度の認識である。そして『えんちゃん』は絶対に本来の名前じゃない。流石にわかる。というかそうであってほしい。
「『えんらえんら』だから『えんちゃん』。気に入ってくれてるみたいだよ?」
「みたい?」
陰陽師と言っていたのだから恐らく呼び出しているのだろう。にしては『みたい』というのは不自然な表現である。呼び出し、要は意思疎通ができているなら直接話を聴くことができるはずだ。にも関わらず、みたい、と誰かから聞いたような表現を目の前の少女はした。
「うん。『らりー』がそう言ってた」
「『らりー』?」
また登場人物が……そう言えば以前にも言っていた。あれは勝と『紡歴館』に行った時のことだ。たしかその時も『らりー』と言っていた。
「そう。『らりー』。『ぬらりひょん』だから『らりー』」
知識はあって損はないとひしひしと感じる今日この頃である。如何お過ごしだろうか。
「その『ぬらりひょん』ってのは……」
「妖怪の長らしいよ?」
「滅茶苦茶大物じゃん!!」
ものすごくサラッと超のつく大物を愛称で呼ぶ安倍澄。肝っ玉が大きいのか、とも思ったがそうではない。幼いだけだろう。あどけなさの残る顔でこちらをのぞき込んでいる。身長差のせいで長くいると首が痛くなりそうだ。
「澄!ありがとなぁ!!」
「ふぇ?!」
医局から出て来るやいなや澄を軽々と持ち上げる勝。お姫様抱っこをされた澄が勝の胸に寄りかかると、そのまま眠ったように動かなくなった。
「お疲れ、澄」
「大丈夫……なのか?」
「オレも澄も大丈夫。澄は疲れて寝ただけだ。オレもどこにも跡がないだろ?」
そう言って勝は澄を抱っこしたままくるりと回る。実際、火傷跡はどこにもない。
神術という魔法を除き、翔賀はこの世界は元いた世界より文明が下だと思っていた。町を見ても鉄筋コンクリートの家が建ち並ぶ現代と比較して上だとは到底思えない。食事にしても質素倹約のお手本のような食事だった。現代から見ればある意味貴重かも知れないが。
そんな中でこの技術は現代よりも上だろう。前提が非現実ではあるが、跡の残らないやけど治療となれば皮膚移植などだろうか。いったいどれほどのお金と時間がかかることやら。
けれどこの世界では精々10分といったところだろうか。どういう治療なのかは分からないが外科手術は現代よりも進んでいるのかもしれない。とは言え魔法改め神術がある世界だ。何かしらそういう専門のものであるだけの可能性も捨てきれない。
「それはどういう治療を?」
思い切って聞いてみた。
「切り取って治した」
Wow.
実に単純明快にしてワイルドである。




