一章#29 戦う理由
感謝を述べた翔賀とつられるようにして昔話を始めた望門。
「俺は、考えが甘かった。ごめんなさい」
話し終えた沈黙を先に破ったのは翔賀である。
生きるのに事欠くから軍に入る。今にして思えばふざけている。若年だから、で許される範疇を大きく外れている。舐めるのも大概にしろと、滅多に見なくなった鉄拳制裁をも進んで受けよう。
外には言っていないが、生活のためという腐った理由が志望動機の基礎にあったのだ。積み立てたつもりだった理屈は同様に腐っている。命の危険がなく、日々を困らないものならいいかもしれないが、この職は命の危険があるのだ。
それに対し、望門の動機のなんと高尚なことか。自身が稚拙すぎるのも手伝って光を放って止まない。他人がどう思うのかは知らないが、翔賀には望門がそう見える。
「俺はみんなに死んでほしくない。だから、まだ戦う」
突然きた世界とそこにある国に対する愛国心なんてものはかけらもない。だが、人が簡単に死んではならないという常識は持ち合わせているのだ。感情を揺さぶられる程度にはこの世界で人と関わった。関わってしまった。
関わりが薄いまま帰る手段が明確であるならば、元の世界に帰っただろう。
今はどうだと聞かれれば、帰らない、と。そう答えるだろう。目の前で繰り広げられたそれを見て何もしないほど人を捨てていないし、そのための力を多少なりとも自分が持ち合わせているのは分かっている。
俯く望門を置いて、翔賀は休む。いつ来るかなんて分からない。休める時に休んでおかなければいけない。
「伝令!教徒の侵攻を確認しました!」
日を跨げば、またこうして翔賀含む多数を呼ぶ声が響くのだから。
〜〜〜〜〜〜〜
「馬谷様も人が悪い。まだ月が来ていないのに」
萌黄色の法衣を叩き、土を落とす。
「あ、最悪………」
土を叩いた手に少し泥がついてしまった。偶然にもそういう土壌だったらしい。実に運が無い。
「次に月が出るのはいつかなぁ……早いといいなぁ」
空を見上げると暗闇の中に星が瞬いている。だが、その輝きを隠す黒い簾が鼻につく。
「伸びて来ちゃった。切らないとだ………。ん、今はそういう気分!」
少女は指で前髪を払い上げる。浮いた前髪が雪のようにパラパラと落ち、服に引っかかった。
直後、強風が吹き、切断された髪の端を吹き飛ばしてくれた。
「やっぱり月が出てきたかも」
茶髪をショートボブに切り揃えた少女はそう可憐に微笑むのだ。




