一章#28 敵は至る所にあり!
望門は過去を話した。戦争なのだから悲惨、残酷は当たり前。ありきたりと言うのはとんでもなく失礼なお話だが、話された内容は概ね予想通りである。
結局、望門は仇敵を横取りされ敵を討つことは叶わなかった。目の前に現れたにも拘らず、打ち倒すことも、その目で死を見ることもできていない。その口惜しさは想像できない。唯一にして幸いなのは横取り犯の口振りから撃滅自体には成功したという点だろうか。苦汁を飲み込んだ先のものであることは言うまでもないが。
~~~~~~~
「第三十三番と、確かにそう名乗ったのだな?」
蒼穹碧は報告を問い質す。それが真実なら非常に不味い。世怨は全部で三十三個体。その中でも格が存在する。
実にありがたいことに彼等は服装でそれぞれの格を示してくれている。
導士の中では浅葱色は格が低く、萌黄色が中間、紫色が高位となっている。
平均では、高位ほど強力である場合がほとんどである。ただし、交戦部隊との相性もあるだろうが、高位であっても低位より被害が少ない事例もある。
つまり肝心なのは本人の技量だ。それ次第でどうにでもなる……のかもしれない。内情など知りようもないのでそういった逆転現象は御免こうむりたいものである。
世怨の型に嵌っている以上、記録が残っていると言いたいのだが、厄介なことに記録があるものもないものもある。肝心の三十三番の記録は何一つないのだ。焼失でもしたのかと疑うほど綺麗に無い。同じ事例は一番にも確認されているが今は脇に置いておこう。
愉快犯のような壊滅した性格、理由は不明だが如何にしようとも消えない火炎。得られた情報はこれのみである。
従って綿密な対策など練りようがない。
文字通りの粉骨砕身は頂けないが、如何せん未知が多すぎる。どれだけ醜かろうと当たるしかないというのが現状である。
「了解した。下がって英気を養っていてもらおう」
時代にそぐわぬ西洋的な椅子と机。硬い背もたれに体重を預け、碧は暫し目を瞑る。
これから大仕事があるのだ。攻められるばかりでは戦いというものは実につまらない。
攻勢に出、敵を討つ。口うるさく政部の『天坂如乙』、兵部の『天弓照円』、『天織美奈』両族から要求された縮小しつつある領土の回復。敵戦力の底が見えぬ状況で打って出よなどと言い出した時には、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたかったが、状況は好転した。
空に描いた論理を紙をもって描くのだ。
「敵は至る所にあり!」
口にすることでより思うのだ。やってられるか、と
~~~~~~~~~
「……うん。確かに受け取った。お役目ご苦労やね」
ここ数日の戦の記録。それを受け取った天音文は紡歴館へと向かう。文部として記録は確実に残さねばならない。それが二百年も続けてきたお家の役目である。
歴史や文化・文学の管理を担う文部を担当する天音家。その現当主たる天音文。
皇室関係を担う治部を担当する天宮家。その現当主たる天宮庵木。
戦を統括する兵部のうち、武士と忍を統括する天弓家。その現当主たる天弓照円。
兵部のうち、神官を束ねる天織家。その現当主たる天織美奈。
皇国の政治を担う天坂家。その現当主たる天坂如乙。
咎人への刑罰を執り行う刑部を担当する天頼家。その現当主、天頼慧林。
これらの氏族が公族を名乗り、国を支える柱となっている。
これら氏族の上に立つのが皇。天家である。現皇の名を天 龍樹。




