一章#27 どこかで見た
平田鄭佐
本居兄妹と同時期に軍に入った人物である。年齢も二人とそう変わりない。
三人が仲良くなるのは極自然なことであった。同じ戦場で共に戦い、同じ食事を取り、眠った。
望門とは友人として、妹乃とはどうだっただろう。
今になって思えば妹乃に対して恋心の一つくらいあったのかもしれない。
だが、悲しくも戦の日々である。命のやり取りは当人に実感が無かろうと近くに忍び寄り、その首に刃を当て、切り裂く。
~~~~~~~~
「産喚世怨の名の下に、銀説者が救いを……」
茶色の法衣を纏った説者である。両手に小振りの鎌をそれぞれ順手と逆手で持ち、文字通り命を刈り取るべく襲来した。程々に従軍に慣れてきていた頃だった。
油断していた。
確かに目の前で繰り広げられてきた命の応酬。それだけ近かったに関わらず、どこか僕たち、自分たちは大丈夫という思い上がりがあった。
銀説者の動きは素早く、一直線に神官の妹乃を殺さんと襲い掛かってきた。それに焦った妹乃が神術を暴発。煙が立ち昇る中、自分の目が捉えたのは両手を振りかぶり、命を簒奪せんとしている説者の影だった。
ーーーーーーー
妹乃が起こしてしまった爆発。それに怯めばいいものを説者は逆手に持った鎌を妹乃の心の臓目がけて、順手の鎌を望門の首目がけて振るう。
嫌だった。
目の前で人が傷つくのが。幼い頃からそういうことをされたからだろうか。それで恐らくは悲しんでいただろう兄弟たちをたくさん見た。
五男という立場上、家督など望めるわけもない。
漠然と誰かの笑顔とやらを守りたいと、そう思い、軍に入った。五郎だった名前は鄭佐と変えさせられた。それからは楽しかったのだろうか?少なくとも嫌ではなかったのを覚えている。
人が悲しむ理由は正直あまり分からなかった。表面だけの明るさを貼り付けて過ごしてきた。
ただ分かるのは強すぎる力が人を悲しくさせるということだ。
だからだろうか。目の前で行われようとしている暴力の極限に対して足が動いたのだ。
説者と本居兄妹の間に割り込むように跳躍する。逆手の鎌が腹を搔っ捌き、順手の鎌が頭部に修復不可能な傷を刻んだ。体一つで二人を守ることができたのだ。
薄れゆく意識の中、爆発で結っていた髪の解けた妹乃が目に入った。髪がおろされた妹乃はいつにも増して可憐で可愛らしく見えた。
どうしてだろうか?どこかで見たような気がするのだ。本当に幼い頃だ。暗い暗い日の当たらない部屋だっただろうか。地下牢かもしれない。そこで妹乃を、彼女を、いや『彼女たち』を。
~~~~~~
「目を開けてよ」「目を開けてくれ……」
叶わぬ願いなのは分かっている。何せもう生死判断は終わっているのだ。
だが、年若い二人にその結果をありのまま受け入れろ、というのは難しかったようである。
届かぬ声を掛け続け、千に一つを、万に一つを、願わずにはいられない。
遠くから眺めている薬袋伊那にはその気持ちが痛々しいほどわかる。
だからこそ遠巻きに、やがて横目に、そして耳を閉ざし、目を逸らすのだ。
寄り添うような余裕を持ち合わせていないから。




