一章#25 異世廻
『馬谷 良秀』
そう名乗った狂少年はギラギラと輝く瞳で全体を睥睨している。
「まだ足りないのかい?う~ん、困ったなぁ……主菜はもうあるし、副菜は多ければいいってものじゃないとぼくは思うわけだよ」
子供の口から紡がれる言葉。それがろくな意味でないことは引き起こされた惨劇を見れば明らかである。意図的な全身やけどによる焼死。含まれる悪辣さと邪悪さは次元を二つ三つ間違えている。
だからこそ断言できるのだ。目の前の少年が『死』という現象を道楽や享楽の一種として捉え、その魅力に憑りつかれていると。
頭に血が上り、沸騰するのを感じる。自然と刀の柄を握る手に力が入り、握りつぶさんと手の甲に血管が浮かぶ。
生きていてはいけない。
生かしてはいけない。
存在してはいけない。
頭に浮かぶのはとめどない存在否定の理屈である。
「引けぇ!!撤退する!!!」
炎に巻かれる金導士と既に息絶えた部隊員を尻目に撤退を始める。奴が導士が焼かれる様に夢中になっている今が最適なのだ。
が、目に焼き付いて離れない。
あの小さな巨悪は今も焼ける人間を興味深そうにニコニコと笑って見つめているのだ。
「翔賀!おい、翔賀!!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。周りの足音と自分の足の運動は遅れている。視点をそのままに腕を引かれるがまま翔賀の足の運動が周りに追いついた。
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「私をどうなさるおつもりで」
身体が炎に焼かれるのを感じながら金導士は問う。今は『発怨』することで防げているが疲労は蓄積する。無限にできるわけではないのだ。
「どうもしないよ?君がここで果てるまでぼくはここにいる。だからどうするかは君次第だ!体力が尽きるまで発怨しているか、発怨を解いて焼かれるか。雨が降ろうと、洪水に見舞われようと、その炎は決して消えない。好きなだけ時間を使ってゆっくりと考えればいい。どうせ時間は皆等しく無限なんだから」
優しく諭すように馬谷導士は言う。
正直彼が何を言っているのかは分からない。時間とは限られたものだ。その限られた時間でどれほどの『善行』を積めるのか。現世で積んだ『善行』に応じて死後に行き着く場所が違う。
涅槃におわす達多様の元へと導かれんがため。
そしてこの世に眠りについている『夢莱様』を呼び起こさんがため。
前者が個人的な、望みであり、後者がこの無情な世界を憂いた末の、願いである。
現在の達多教の目的はこの二つ。
十年ほど前、鳴り物入りで入信し、驚異的な速さでこの集団の指揮を執るようになった『あの方』が示した方針は美しいほどに順調に進んでいる。
「そうか、君は知らない人なんだね。それだっていいじゃないか。何もみんなが全てを知る必要なんてないんだから」
青銅が剝がれていく。全身が焼かれている。だけれどもこれでいい。この痛みも悲痛も全て、この世界の為なのだから。
「またどこか廻った先の異なる世で会おう。ぼくらはこの世界の輪廻の奴隷なんだから」
息が止まった。心の臓が止まり、魂は今世での働きを終えた。




