一章#23 十声一声
「来るぞ!」
金 律詩と名乗った導士が生身のまま迫ってくる。
「聞こえるよ。動く甲冑の音が、筋肉の動く音が、雑音の心の臓の音がさ」
分かっていないとできないような動きで間隙を縫い、間をすり抜けるように剣は伸びる。
望門の腕に導士の剣が刺さり、小さく血が舞う。勢いをそのままに金は盾を足場にその身を翻す。
「やっ!!」
妹乃が放つ神術が真正面から炸裂する。宙を漂う白煙。程なく軽やかに着地する影が一つ。
「危ないなぁ。沈むのも、舞い上がるようなものもいいけど、汚れるのだけは頂けない。汚れたものは誰にも好かれない、愛されない、認められない。」
確かな火の神術を受けた金は無傷でそこに立っている。
「当たったはずなのになんで……!」
翔賀は分かりやすく動揺する。撃破はできずとも傷くらいはと期待した希望はあっさりと砕かれた。
神術の跋扈する戦場を金導士は軽業師か、サーカス団員かのように踊る。自身が単なる観客であれば拍手の一つでも送りたいのだが、生憎とここは命と精神をすり減らす場所。送るのは拍手ではなく特大のブーイングである。
ただいたずらに時間が浪費され、疲労が蓄積する。端的には『不毛』と表現される状況である。
現状を突き崩すように望門が動く。妹乃の神術が巻き上げた土埃と煙に紛れ、金導士に向け、駆ける。
「やっ!!」
二度目の妹乃の神術による爆発。それに合わせて望門が切り込んだ。
「不協和音の中に調和がある。いいじゃないか。だからこそ音楽は面白い」
響く甲高い音と共に望門は瞠目する。
「何っ!」
生身に向けて切り込んだ望門。もちろん生身には刃が通じる。なればこそ攻撃手段である腕を切り落とそうと望門は刀を振るった。が、望門の刀は青銅色の表皮に阻まれてその刀身を失った。
「じゃあね。これが君の終奏だ」
右手を高く掲げ、心臓の演奏を止めるように順手に握られた直剣が鮮やかな円の軌道を描いて逆手に握りなおされる。
「あぁあああ!!」
翔賀が叫ぶ。叫びながら殺戮の現場へと猪のように猛進する。導士が咄嗟にその耳を覆った。生じた間に翔賀はなおも進む。金導士が耳を覆った手をもう一度振り上げ、振り下ろす寸前。翔賀は望門を横に押し倒した。
振られた剣が翔賀の左腕に突き刺さる。苦痛で顔が歪むのがわかる。恐らくは一生ですることの無かった顔である。
「騒音!雑音!!不協和音!!!君は要らない存在だ!」
激昂した金導士の二振りが倒れた翔賀に襲い掛かる。
小さく、それでいて強烈な破壊の奔流を翔賀と望門は背で感じた。振るわれるはずだった二振りは少しばかり離れた場所に落ち、差し迫っていた命の危機は取り除かれていた。
「やっと当たった!!」
そう言って自慢げな顔を見せる妹乃がいた。




