一章#20 雨はまだ止まない
空から濁流が、地上からは刀を抜いた兵がその身に世怨を宿した導士へと襲い掛かる。
水のクセにご立派にもソニックブームでも発生させていそうな音が聞こえる。
背筋を冷や汗と運動による汗の二種類が伝う。濁流は積み重なり水たまりとなっていた。
兵が水飛沫を上げ、導士へと迫り、鞭に阻まれる。骨が折れてしまっているだろう。
(ん?)
導士は降りかかる濁流だけでなく、溜まった水溜りをも極力避けて戦場を花のように優雅に、荒々しく舞う。水溜りに踏み込もうと導士は水飛沫を上げず、その足元は凪いだ水面のように静かだった。
ある程度の水面に物が勢いを持って衝突すれば水飛沫が上がる。それは言わば、自然の摂理である。一部例外もあるが、今回の神術による水が例外でないのは兵の足元を見れば明らかである。
水飛沫が上がらない原因として考えられるのは瞬間的に足元の水をくり抜いているなどだろうか。
違う、観察しろ。もっと、もっと。
お互いの息が上がり、双方に疲労の色が見える。汗が舞い、乾いた空気に僅かな湿度が補充される。
翔賀はジッと導士を見る。一挙手一投足に何かヒントがある、そう信じて観察する。
汗をかいていない。一人で捌いているいる以上、疲れていないはずがない。『陽の水』の神術を使えば、傷の治療はできるが、疲労の回復はできない。分野ではないのだ。
神官は今も導士の足場を奪い、濁流を放っている。
翔賀は一度捨てた盾を拾い、静かに走る。音を出さず、勘づかれないように、導士の背後へと回り込む。
前方からの攻撃に合わせ、接近。振り上げられた腕の動きを阻むように脇の下から盾を潜り込ませ、全体重を後ろに掛ける。
「添え木なんていらないのよ!!!」
青銅色の体は重みもそうなのか一人ではほとんど動かない。だが、主目的は転倒ではない。半端な拘束による行動の阻害である。
なぜなら、この戦いは集団戦なのだから。
動きの止まった導士に妹乃の神術が炸裂する。飛沫は上がらず、その止められた肉体に神術が染み込んでいった。
効果はすぐに現れた。直撃した導士の身体に明らかに異変の跡が走っている。
「かかれぇ!!」
導士の首を落としても意味はない。同じく心臓を貫こうと、導士が死ぬことはない。
導士を討伐するには手順があるのだ。
まず、額の眼を破壊する。そうすることで導士が身に宿した世怨を引き剝がす。でなければ本体の人間に入るダメージは僅かで意味をなさない。
水の鞭の炸裂音が兵の背に響く。湧き上がる膂力で翔賀を振り回し、抵抗と解放を同時にせがむ。
振り回される腕に飛びつき、遂に導士が両腕を押さえつけられた。
「覚悟!」
白刃が真っ直ぐに瞳孔を捉え、突き刺さる。
頭頂部から青銅が剝がれ落ちる。刺さった刀も抜け落ち、青銅は人肌へと変化する。
戻った人肌の首へと一閃。血と首が宙を舞い、周囲に雨が降る。
「打ち取ったり!!!」
告げられた導士の力の喪失と湧き上がる鬨の声をもって、討伐は成功した。




