一章#19 清らかな滝の霊場
数日後、雲が淀んだ。すなわち例の『導士』の襲来が予想される天候である。
「恐らく奴は来る!覚悟はしておけ!!」
「あっつ………」
建物が日本風だからなのか、ご丁寧に気候まで日本の湿潤を受け継いでいやがる。幸いなのは現代程暑くないことだろうか。毎年のように更新されていた最高気温は一周回って風物詩な気がする。かけらも良くないが。
ただ暑く感じる原因は単純明快だ。
翔賀はそう自分を見る。仕方ないとはいえ、鎧装束である。兜は外しているが、それ以外は布と甲冑。涼しくなるわけが無い。江戸時代は寒さが強くなる周期のはずだがそこまでは反映して貰えないらしい。
「将軍!例の導士です!」
「出陣だ!!!!!!!」
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雨の中、相変わらず渇いた土地が迫りくる。たった一人で女は来たる。
「あら、もう一回来てくれたのですね。嬉しい限りです。では」
手を合わせ後光が輝く。額の第三の眼が開き、青銅色が体を覆っていく。
「渇関世怨の名において、津山紅葉導士が徒花に救いを」
「放て!!!!」
神官から放たれるのは『対応策』の水の神術。勿論、ただの水ではない。『陰の水』、『陰の木』を合わせた特別製の神術である。
『陰の木』はその根源の性質に『腐食』を持つらしい。
毒液を吹きかけた植物が枯れるように、この水は相手への対抗策となり得ると判断された。
問題は二つの属性を扱う複雑さである。
当然、扱う属性が多ければ多いほど構築に時間がかかる。いかに有効だからと一発打って、次弾が中々打てませんでは『対応策』足りえない。
だが、扱う属性が二つあるなら二人で扱えばいい話だ。
二人掛かりで神術を構築すればいいのだ。間髪無く、とは流石にいかないが、十分に『対応策』として効果を発揮しうる間隔で放つことが可能であった。
神術の濁流が一斉に導士を襲い掛かる。水の鞭を振るい、超速が濁流と激突し、進行方向がずらされる。着弾地点で芽を出していた植物が腐った。『陰の木』の性質である。
脅威と判断したのか、導士は操ることなくいなしてしまった。悔しくも導士の判断は大正解と思われるが。
導士の額の眼が大きく開かれ、口がわなわなと震えだす。
「肥料にもなれない屑鉄共めが!!貴様らに救いなど要らぬ!!無様に地獄で泣き叫べ!!!」
「生憎、誰も『要る』なんて言ってねぇんだよ!!!」
体調を崩すレベルの豹変である。以前の慈母のような表情は消え失せ、そこにあるのは憎しみただ一つである。一体、どちらが本性なのか。考える必要もなくこちらがそうだと確信できる。
殺人への忌避感、嫌悪感は消えていない。やらなければやられるし、少なくとも現状の監視生活下では選択肢などない。疑いが晴れた暁にどうするのかはまだ分からない。
ただ今現在、理不尽にこちらを殺しに来る教徒たちを討伐するこの軍のあり方は好感を持てるし、間違っていないと、正しいとも思える。
汗の滲む手のひらを拭うこともせず、翔賀は盾を手放し、刀を抜き放つ。
攻撃は最大の防御。あの導士を今日、ここで仕留めるべく、一斉突撃を敢行した。




