一章#16 徒花達で花束を
導士はその身に世怨を宿す。そうすることで自身の肉体、及び戦闘力を飛躍させる。それが以前対峙した説者との違いだと教えられた。そして、過去を鑑みると浅葱色、萌黄色、紫色。世怨をその身に宿したのはこの色の法衣に身を包んだ者だけらしい。
「渇関世怨の名をもって、この津山紅葉導士が徒花方に救いを差し上げましょう」
顔は慈母、言葉は悪魔や鬼の類。擁護できない強烈なギャップを惜しげもなくまき散らし、女は自己紹介を済ませた。
眉間が輝き、三つ目の眼が現れる。白い光が辺りを覆いつくし影が浮かぶ。後光を背負いそれは現れた。
両目は閉じられ、額の瞳だけが開かれ、グリグリと眼球を動かしている。植物の意匠をその青銅の体に刻み込み顕現する。
「かかれぇ!!!」
返しの挨拶代わりの神術を叩き込み礼儀とする。ぬかるんだ大地を踏み締め、乾ききった大地へと足を踏み入れる。雨雲の下、乾いた空気の中で戦いは始まった。
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「クソっ!」
翔賀の盾にしがみつく黒服の教徒を盾ごと捨て去り、脇差しを抜き疾走。起き上がった教徒の首筋に斜め一閃。頸動脈を断ち切られ、絶命した。
肉と骨を絶つ生の感覚で吐きそうになりながら翔賀はこの場の真の脅威へと眼を向ける。
津山と名乗った導士がどうやってかは分からないが雨などの水を操作していることは明白。そのため、水の神術は使えない。辺りにあるものを活用する方が神術は短い時間で構築できる。だが、この場において雨は利用できない。それは神術部隊の大幅なディスアドバンテージへと繋がる。
津山の両腕から水で創られた鞭がうねり、撃つ。音速を超えた衝撃が盾に、そしてそれを持つ腕に、全身に伝播する。
放たれた破壊の衝動を津山の水が穿ち、破裂する。
襲い掛かる水の暴威は容赦なく人間を打ちのめす。水の被害は現代であっても昔であってもその脅威は変わらない。それが人為的に振るわれるか、自然として牙を剥くかの違いがこの場で浮き彫りとなる。
今、自在に振るわれる水は命を刈り取る大鎌となっている。『救い』という大義名分を掲げ、御許へと召し上げていく。
「すくすくと育ったんだね。是非とも摘み取りたい。そして、愛でさせてほしいわぁ」
近づく者を巨大な水の花弁が包み込む。虫を捕らえた食虫植物のように。窒息は目に見えている。
両手で花弁に触れる。水分が人諸共に吸われ、朽ち果てる。ミイラとなった遺体を抱え、津山は空を見上げる。
「花には日光も必要だからね。今日はお庭仕事は終わりだよ。いつか徒花達で花束を」
差し込む日光を浴びながら後光が消え、青銅は人肌へと戻る。連れの消えた津山は一人帰っていく。
「被害が大きい!一度引き上げる!」
迅速にして無情な指示が響いた。




