三章#26 逆縁に救いを 壱
「僕は全てを知っている」
自分以外の生者のいないはずの平地、そこに自分以外の声が聞こえた。戦いの後処理は私がやると、そう告げて皆には帰還するよう命令したはずである。
今からやろうとしていたのは死体を操る禁忌の神術、『陰の土』。『死操』の力を根源に持つその力を人に向けて好んで使う者はいない。なぜなら、それが禁忌であるとそう強く教えられるからだ。理由など深く考える余地もない。例えるのならば食事の前に「いただきます」とそう口にするような当然の行いである。
それを私は目下に横たわっていた人体に向けて使おうとした。ちょうどその時、声が聞こえたのだ。
上でも、右でも、左でも、前でも後ろでもない。見下ろしている死体が、否、死体だったものがその口を開き、瞼を持ち上げ、宝石のように輝く異なる色を持つ目を真っ直ぐにこちらに向けている。
体が震える。声が震える。開かれきった目が乾燥を忘れたように瞬かない。その光景を焼き付けたいのか何なのか、目が蘇った奴を捉えて離さない。
「なぜ、生きている………馬谷良秀」
「やぁやぁ!!!先程ぶりだね!!!蒼穹碧…だったかな?さぁさ!!僕の復活を喜べ!祝え!!祝福せよ!!!」
死を、絶命を忘れたようにむくりと起き上がり、導士は声高に宣った。
~~~~~~
奇妙な静寂が訪れた。
それは困惑と渇望がもたらしたもの。平和にはほど遠い穏やかな時間。次の瞬間にでも崩壊しそうな細い糸の上にある一瞬だ。
「祝ってはくれないようだ!人間は誕生を祝う場合が大多数なんだけどなぁ」
独り言のように良秀は呟く。まるでこちらの存在など意にも介さないかのように。
いや、実際に意に介していないのだろう。先の戦いで見せたこの導士の『消えない炎』の力ならば、私などは容易く吹き飛ぶ存在に映っているはずだ。
そして、それは私も自覚するところ。如何に皇国で最高の神官であると、そう囃されても所詮は神官の域を出ない。武士より接近戦が不得手だし、速さという点では忍びに遠く及ばない。
碧の最高の評価はあくまでも神官という井の中のものだ。
つまりはここで戦おうと何もなし得ぬまま私は死ぬということ。加えて逃げることも、また叶わない。退くことも、進むことも、できない。
「なぜ、貴様は蘇った?」
「なぜ?そんなの僕だからさ!!!それ以上の理由が必要かい?理由なんて無くていいじゃないか!!強いて言えば、僕だから死ななかったし、僕だから蘇った!!!ただ、それだけのことさ!!!」
何がいいのかさっぱり分からない。今にも崩れそうな絶望の淵に立っているにも拘わらずそんなことを思う自分の知的好奇心のなんと呑気なことか。死の目前にあるにも関わらず碧の頭は知識を求める。
だから、この導士が発した言葉に反応してしまったのだ。
『僕は全てを知っている』
その言葉が噓なのか真なのか、それは分からない。が、この言葉が甘美に聞こえてならない。神託か、悪鬼羅刹の甜言蜜語か、はたまた全く別の何かなのか。
「貴様は全てを知っているのか」
「そうだとも!!蒼穹碧!!!なにせこの魂は二百年前、この国ができた頃からのものだからね。この魂に積もり積もった二百年分の記憶。そっちにいる稗田いろはの記憶の【継承】なんて紛い物だ!!!」
そう発言する導士は堂々と胸を張り、その顔は一点の曇りもなく自信に満ちている。知っているだけではない。そのことを理解し、嚥下しているからこそできる表情である。
「二百年の記憶…【継承】……」
「そうさ!!!記憶は脳と魂に刻まれる。僕が経験してきたことも、僕より前の生が経験してきたことも記録としてこの魂は刻み続けるのさ、この僕だけは!!!」
良秀はそんな自らを誇るように腕を広げ、胸を張る。




