三章#25 状況整理
裁判が終わり、変わった平穏が訪れた。
やることは以前と変わりないが、状況としては息苦しいの一言に尽きる。
報告の確認を始め、全ての行いをする翔賀の背後には常に人が付き纏っている。ボディーガードならどれほどに良かったことか。後ろに立つ大男二人がその手に持っているのは小型に改良された火縄銃、つまりは処刑用のソレである。
つまりはいつでも殺される状況にある、ということ。頑強な肉体に囲まれているにも拘わらず、翔賀の心境は安心からはほど遠い。鼻につく火薬の匂いの矛先がいつ自分に向けられるのか、たとえこれが本気のものではなかったとしても、喉元に刃がある状況を心地よいと思う者はいないだろう。
後方の違和感をかき消すように翔賀は報告に目を通す。
以前とは打って変わり舞い込むのは凶報ばかりだ。
まず、西方に布陣していた物部泰武将軍麾下の将兵の全滅。籠城の折、一向に返事がなかったのはこういうことがあったかららしい。
援軍の要請が愚策だったのか、しても仕方のない後悔が過る。
そして、北方。そこに布陣していた蘇我遮那率いる部隊も同じく全滅したらしい。
こちらも翔賀が援軍を要請し、実際に援軍としてはせ参じてもらった方面だ。
やはり、全滅の原因の一端に翔賀は関わっているだろう。
兵数の減少、即ち兵力の低下である。
最も分かりやすく単純な兵力不足という敗因。戦いにおいて数は重要だ。
決定的な個を求めるか、優位をもたらす群を求めるか。一騎当千の強者か、確実に一対一を制することのできる多数か。
一騎当千とは博打と言い換えることができるかもしれない。
中国最強の呼び声の高い項羽や呂布は確かに範囲の狭い戦術面での価値は高いだろう。けれど、最終的にこの両名は敗軍の将である。一騎当千の将は確かに一人で千人を相手取れるかもしれない。ただ、逆に言えば千人いれば止めることができる。
全体が一万であれば十パーセント。大きいが、決定的な損失かと言われれば異なるだろう。
ならば優秀な兵ならばどうだろうか。数が少なければ違うが、千人、いやそれよりも少ない数でその働きは一騎当千の将に勝るはずだ。
そして、率いる将が優秀であればあるほど兵一人の価値は高くなることは言うまでもない。
失ったものは大きい。その穴を埋めることなど不可能だ。
物部将軍、蘇我将軍、そして………
「蒼穹大将軍さ………」
口癖のように言いかけた『様』をギリギリで飲み込み、翔賀は思いに耽って上がった視線を再び下に落とす。何がきっかけになって死刑の憂き目に遭うのか分からない以上、疑われる余地のある発言はするべきではない。
そして当たり前の話だが、前線が崩壊したのなら次の襲撃はよりここ、首都である陵空に迫るに違いない。ならば、それを撃退、討伐し続けることが達多教の勢いを削ぐためにも、今の現状を打破するためにも必須となるはずだ。
雑念も混じったが、以上が軍事面の報告だ。
そして、次からが軍事関連だが直接的ではないものの報告である。
謀反の疑いのある将の扱いや部隊編成について等々あるが、一番大きいのはやはり、これだ。
『渡会家の屋敷の焼失と、何者かによる渡会家当主の渡会美佳の殺害』
渡会家の屋敷の焼失。
それが意味するのはこれまでに皇国が培い、ため込んできた歴代の世怨の資料の損失である。ゲームで言うならばセーブデータの消失に、勉強で例えるならば過去問の紛失に近い感覚だろうか。
つまりは致命的である。
しかも、誰がやったのかが分からない。この町の誰かかもしれないし、この都市の近くに潜伏していた達多教徒かもしれない。ただ、前者である確率は低いように思える。
なぜなら、渡会家は一般人の生活とはかかわりのない家だからだ。
世怨の資料を見たいと思うのは翔賀ら、軍にいる者くらいだろうし、そもそもその様な人物でなければ塀に囲まれ、市井から半ば隔離されている渡会家まで辿り着くことができない。
後者に関しては直近でこの都市での籠城戦があった以上、打ち漏らしという可能性は捨てきれないだろう。
兵に対する被害ではなく、記録を狙う。このような敵が相手にいるというのは厄介極まりない。強いかどうかは置いておいて相手にしたくない。そんなタイプの敵である。




