三章#22 過ぎ去る嵐
どんな生を歩んで来たのか、そう馬谷良秀に問いかけられ、翔賀は愚かにも逡巡してしまう。
幼い頃、まだ『自分』というものさえ確かでなかった頃に祖父を亡くし、葬式とそれに連なる行事に参列した。
その時の祖母と母親が異様な雰囲気で怖かったのを覚えている。
それから数年、仏壇に祈る祖母をどこか腫れ物のように思っていた。自分が恐怖を感じたものに傅く祖母に不審さえ覚えていた。
この頃には、母はそんな俺の様子を見て取ったのか、祖母のような素振りは見せなくなった。
当時はそれに心底安心したのを覚えている。
思い出すのはそんな忘れていても不思議ではない、幼い頃の記憶ばかり。逆にここ数年のことが鮮明に思い出せない。
だが、そんなものはここに至っては関係がない。問いかけにわざわざ反応してやることもない。どうせ相手は話の通じない気狂いである。
経験と知識に基づいたその認識は既に翔賀にも刻まれている。
だから真剣に考えてやる必要も答えてあげる義理もありはしない。
関心の目でこちらを見つめてくるあの導士に返すのは答え代わりの剣閃だ。斜陽の赤に照らされたそれは良秀に容易く避けられる。
だが、これは1v1ではない。望門も、妹乃も、澄も、梓もいる非対称。
二の矢、三の矢なら既につがえている。後は引き絞ったそれを放つだけだ。
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空を舞う鷹峰颯、それは人との戦いであれば別格のアドバンテージを得ることができていただろう。
空を自在に飛ぶものを撃ち落とすのは演算によって動きの予測が可能な現代であっても簡単なものではない。
ある程度の予測ができるもので簡単なことではないのだから、自由意志で動きの変わるものを撃ち落とすのが至難であることは想像に難くないだろう。
その様はまさしく獲物を狩るときの猛禽である。翼膜のようになったその法衣をはためかせ、空を舞う説者は眼下の獲物に狙いをつけていた。
その説者へと鋭利な爪が襲い掛かる。鋼の輝きを放つそれが空を舞うために上下が繋がった説者の法衣を易々と引き裂いた。
人が空を飛ぶ。そう見えていた光景は実際には飛んでなどいない。
正確に言えば”落ちる速度を調整できている”が正しい表現だろう。ムササビのように開かれたその衣服で表面積を調整する。手足を広げれば風を受け、手足を閉じれば鋭角に突入できる。
それを下から見上げれば、なるほど、あたかも人が空を飛んでいるようにも見えるだろう。
だが、今空を飛んでいた鷹峰颯がしているのは”落下”だ。それ以上でもそれ以下でもない。上から下に墜落していく。今まで自分の世界だった空間からたちまちに追い出される。空を舞おうと手足を広げるも破れた法衣では風を受けることなどできはしない。しかも片側が無事だったせいでかえってバランスを崩し、颯は錐もみ状態で墜ちていった。
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ふぅっと意識が戻ってくる。はっきりとした視界がおぼろげになったり、またはっきりとしたり。疲れた。妖を呼んでいるのは”らりー”ではあるが、澄にも相応に疲労が貯まる。澄はその場に倒れるように座り込んだ。
澄が呼び出したのは以津真天という妖である。人間のような顔には尖った嘴があり、そこには鋭い歯が並んでいる。蛇のように細長い体には翼があり、それでもって空を舞う。そしてその足にはあの説者の法衣を切り裂いた鋼の鉤づめが備わっている。
刀のごとき鋭さを持ったそれならば衣服程度簡単に切り裂くことができる。
宙を舞っていた説者が地に落ちた。つまりは上からの脅威を排除することができたということだ。
猛烈な勢いのまま鷹峰颯が墜ち、その場に高く砂埃が上がった。その場から立ち上がるような影はない。
「鷹峰説者も死んでしまったか………どうかその御霊が涅槃へと至れるよう………」
静かに祈る良秀に妹乃の神術が降りかかる。”陰の火”、破壊の力を宿したそれを良秀は手のひらを広げ、その表面に相反する”陽の水”を”発生させる”ことで防ぐ。火に水を掛けた時のように白い蒸気が上がり、良秀の体の輪郭がそこにくっきりと浮かび上がった。
その輪郭を目印に翔賀と望門が駆ける。
斬りかかったその時、良秀の足元から烈風が荒ぶ。
咄嗟に身構える二人を尻目に良秀は建物の瓦の上へと降り立っていた。
「ボクのお役目はこれで終わりだ!!!付き合ってくれた皆々方には感謝しようとも!!!ではでは!この世か、次の生か、また会うその時まで!!!」
花道を通る時の紙吹雪のように足元の瓦を吹き飛ばす嵐を巻き起こし、良秀は去って行った。




